2024年4月1日にオープンした熊本県上益城郡山都町の「山都町総合体育館パスレル」は、山都町運動公園の中心施設として建設されました。名称の「パスレル」は、山都町を代表する観光施設である国宝「通潤橋(つうじゅんきょう)」をイメージしたもので、フランス語で“架け橋”を意味し、町民や町外からの利用者をつなぐ架け橋となるようにという想いも込められています。
山都町運動公園は2024年2月に開通した九州中央自動車道山都通潤橋I.C.に合わせて整備が進められており、体育館のほかにも芝生広場、中央グラウンド、サッカー場、ちびっこ運動広場などを設置。各種大会等スポーツイベントにも対応可能な「スポーツ拠点施設」、町内における「防災拠点施設」、子育て世代など若者が集える「憩いの場」など、様々なニーズに対応する施設として期待されています。また体育館は、屋根構造材や移動観覧席等のベンチ座面に町産材をふんだんに活用したことで、木材利用優良施設として各賞を受賞しています。今回は様々な機能をもつ同体育館の目的や利用状況について、体育施設整備推進室室長の西山太英氏にお話を伺いました。

⼭都町教育委員会⽣涯学習課体育施設整備推進室
室⻑
西山 太英 氏
町の長年の構想を形にした体育館
――体育館の建設経緯について教えてください。
1971年に建設された中央体育館の老朽化に伴い、2015年度に山都町営総合体育館建設検討委員会を立ち上げて準備を開始しました。また翌年に起きた平成28年熊本地震やその後の豪雨の際に、旧体育館が通潤橋のある河川の横にあったため、河川の水位上昇の恐れから避難所として利用できなかった経緯があり、この教訓を基に大規模災害時の避難施設や救援物資の集積場としての機能も持つ体育館が計画されました。
一方で、2024年2月に九州中央自動車道の山都通潤橋I.C.が開通しましたが、その供用開始を見据えて、2019年に山都町が目指す将来像「山の都」を実現するための方向性を示した「山都町グランドデザイン」を策定。事業の一つとしてこのエリアの整備が計画されました。
――それらの構想が一緒になったわけですね。

ここはもともと、1989年の「ふるさと創生事業」をきっかけに、中央グラウンドの周辺に公園や運動施設の計画地として旧矢部町の時に買収した土地です。その後、高速道路の残土処理地として利用されており、高速道路完成後の跡地利用という意味も含めて改めて整備を検討する必要がありました。
当初、体育館は別の場所を予定していましたが、運動機能を一か所に集約したほうが利用効率を図れるとのことでこちらになりました。ちなみに体育館を建てた場所は盛土の上ではなく切土の上であり、安全上の問題はありません。
――建設にあたっては、様々な補助金を活用されたと聞いています。
これらの構想がなかなか進まなかった理由の一つに、財源の問題がありました。そこで2020年に体育施設整備推進室ができ、私が担当になった際に、各省庁の補助金制度を徹底的に探しました。当時は近隣で、熊本地震後にスポーツと防災を目的にした体育館と公園の建設を進めている町もありましたので、そちらを参考にもしました。
国土交通省「社会資本整備総合交付金」の防災・安全交付金は、防災を目的に屋内・屋外施設を一体的に整備することができるため、それに合わせて2021年に基本計画を策定し、建設に着手することができました。体育館本体の事業費21憶5,900万円のうち、10億5,000万円はこちらで賄っています。またその頃、ちょうど国土交通省「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」が策定されたことから、本公園は、その対策の一部として整備しました。そのほかの財源としては、過疎対策事業債や防災・減災・国土強靭化緊急対策事業債など、元利償還金に対する交付税措置のある制度などを活用しています。
――森林環境譲与税も利用されていますね。
2024年度から国税として森林環境税が徴収されていますが、その税収が森林環境譲与税として私有林人工林面積や林業就業者数及び人口などの按分で全国の都道府県や市町村に配分されています。山都町は総面積の約7割が森林で譲与額が年間7,000万円以上になっており、その一部4,700万円を支給木材の調達費用に充てました。
――木材の調達だけに使われたのですか。

そうです。この体育館は、山都町らしさを表現するために木造もしくは木質化による建設で、町産材の使用を目標にしていました。木材調達は、設計委託と同時に熊本県木造設計アドバイザー普及事業を活用し、専門的な助言や指導を受けて事前に進めました。構造材に使うためには、材木にどのぐらいの径が必要かを設計図面から導き出さなければいけません。次にそれだけの規格と分量を供給できる森を調べ、伐採して製材・加工するのに1年が必要でした。そこで工期が伸びるのを防ぐために木材調達は前倒しで行い、町の財源である森林環境譲与税を使いました。
結果、町有林だけですべて調達できました。当時の町有林はあまり手入れが進んでいなかったのですが、今回の伐採でものすごく明るくなり、森林整備の意味でも良かったです。また今回の木材調達にあたっては、流域の森林組合や町内に所縁のある木材団体等で構成された納材組合が担当し、地域の木材産業の活性化にもつながっています。
災害時を想定した移動観覧席の導入
――体育館の施設内容を教えてください。
延べ床面積約4,500㎡を基準に計画しました。メインアリーナだけで1,516㎡あり、以前の中央体育館の約1.5倍の大きさがあります。観覧席は固定席202席(うち車イス席4席)、移動観覧席343席。そのほかには540㎡の武道場兼多目的室、トレーニング室、ランニングロード、ボルダリングウォール、会議室などで構成されています。
――体育館の様々な場所に町産材が使われていますね。

今回、設計を担当していただいた設計事務所の方が、積極的に奈良県産木材を使用した五條市上野公園総合体育館の事例をご存じで、構造や内装だけでなく、移動観覧席のベンチにも木を使うことをご提案いただきました。私たちも木目調のデザインはイメージしていましたが、移動観覧席にも町産材を使うことは想定していませんでした。でもその結果、天井の木造トラス203㎥と移動観覧席13㎥に町産ヒノキ、固定席4㎥に町産スギを使用でき、多くの町産材を使うことができました。
――移動観覧席はどのような理由で導入されたのですか。
この体育館は、町民にプレイヤーとしてスポーツを楽しんでもらうことをメインに考えていました。九州地区の大会などでメイン会場になることは想定しておらず、観客席は地元の大会やイベントで利用する程度の約500席を確保する計画でした。すべて固定席にすると、その分建物の構造自体が大きくなり費用も増えますが、移動観覧席ならアリーナを活用するため観客席のスペースが最小限で済みます。
もう一つの理由は災害時の対応です。一般的に体育館の観客席は2階に設けられることが多いですが、職員が2階まで管理できないため、避難所として使用する時は2階を使いません。ですので、最低限必要な席数を2階に設置し、残りはすべて普段は収納できる移動観覧席にすることで、アリーナをより広く有効に使えるようにしました。
――避難所としてはワンフロアでの管理が効率的なのですね。移動観覧席の印象はいかがですか。
イスを並べるよりはずっと楽ですし、移動観覧席から2階の固定観客席が一体的に見えるため、見栄えも良いですね。ただ移動観覧席の利用は、今のところ月に1回あるかないかで、まだスポーツ大会では使っていません。
これまでに利用したのは、山都町総合体育館のオープニングイベントでのコンサートや親善試合、山都町合併20周年記念式典などです。でも山都町にはホールがないので、今後はスポーツ以外の様々な行事についても、ここで開催されることが多くなると思います。
――オープンから約1年ですが、利用状況はいかかがですか。
体育館の稼働率は、それぞれの施設を面や時間帯で細かく分類すると50%程度ですが、全体で見ればほぼ毎日利用されていて、施設の中ではアリーナの稼働率が一番高いです。山都町はビーチボールバレーが盛んなので、昼間は練習でよく利用されています。また夕方以降は学校帰りの子供たちも遊びに来て、運動だけではなくラウンジで勉強もしています。
――運営は指定管理者が行っていますね。
当初から専門の指定管理者にお願いするつもりでした。運営を行っているパブリック・シンコースポーツ共同企業体は2社のJVで、どちらも九州では実績のある企業です。
以前は町の直営で、平日に予約に来てお金を払わないと利用できませんでした。でも今は9時から午後10時まで、土日も事務所に人がいるので、空いていればいつでも利用できます。また色々な講座も開催しており、その講師ネットワークも実績のある企業の強みです。こうしたことは指定管理者による大きなメリットで、町民にとっても非常に便利になりました。
――町外からの利用者もいらっしゃいますか。
熊本市内のバスケ部やバレー部の強豪校も、時々使ってくれていますね。熊本市内からは少し離れていますが、ここは利用料が安いので燃料代を出しても割安なのだと思います。これはやはり高速道路の効果が大きいですね。
平時も災害時も町民が集まる施設として
※避難所利用を想定したレイアウト
――熊本地震の際には、広い避難所がないことで被災者が分散したと聞きました。
約30箇所に分散し、情報の伝達や物資の配給などに非常に苦労したので、この体育館は大規模災害時の避難施設及び救援物資の集積場となる拠点施設として計画しました。
アリーナが200人に対応する避難所となり、そのほかにも武道場兼多目的室は救援物資の集積所、会議室などの個室は感染症対策及び乳幼児や高齢者等の避難所、防災備蓄倉庫には避難者200人×3日分の飲用水等を備蓄しています。以前であれば、この広さなら600人ぐらいは収容できたと思いますが、ちょうど設計を進めているときがコロナ禍で一人当たり7㎡の広さが必要で、200人になりました。
また屋外にはマンホールトイレ5基、かまどベンチ3箇所、それ以外にも空調、雑用水槽10t、非常用発電、ソーラー街路灯などを整備しており、今後はヘリポートも建設される予定です。
――体育館だけではなく、山都町運動公園全体が拠点となるのですよね。

緊急時は、中央グラウンドや芝生公園は屋外のテント泊や車内泊でも利用できる避難ゾーン、サッカー場やちびっこ運動広場は自衛隊やボランティアなどが使用する救援ゾーンとなる予定です。
また隣接地にある山都町矢部保健福祉センター「千寿苑」が福祉避難所に指定されており、このエリア一帯を防災拠点に位置付けています。
こうした施設については、実際に災害を経験して必要だと思ったものを設置しています。2020年の熊本県南部豪雨の際には私も現地に応援に行ったのですが、その時の経験もできる限り反映しています。
――すでに避難所として使われたことはありますか。
山都町は豪雨災害が起きやすいところなので、2024年度も2回、武道場兼多目的室を避難所として使用しました。アリーナを使うのは大規模な災害の時ですね。
――そういう意味ではこの施設ができて、町民の方々も心強いのではないでしょうか。2025年度にすべての施設が完成するとのことですが、今後どのように活用して欲しいとお考えですか。

当初の目的どおり平時にはスポーツ振興の拠点や憩いの場、大規模災害時には防災拠点や一時避難地として、町内外より多くの方々に利用していただける施設として、指定管理者とともに様々な意見を取り入れながら運営を行っていくつもりです。
でも一番うれしいのは、世代間交流や町外利用者との交流の場として、平時でも人が溢れるぐらいに利用されることですね。
――まさに、施設コンセプトにもなっている町民をつなぐ“架け橋”としての役割ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:2025年4月
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関連リンク
山都町総合体育館パスレル WEBサイト