東京都調布市に建つ、ドルトン東京学園。2019年の開校以来、教育界が熱い視線を注ぐこの学び舎では、今日も生徒たちが自らの手で「学びのかたち」を育んでいます。安居長敏校長が提唱するのは、従来の学校観を覆す「管理を捨て、個を解放する」教育。チャイムも校則もない環境の中で、プロ仕様の講堂や可動式の机といった装置がいかに生徒の主体性を引き出すのでしょうか。これまでの常識を塗りかえ、新たな学びの場を築いてきた「ドルトンの今」を、安居校長先生に伺いました。

ドルトン東京学園 中等部・高等部
校長
安居 長敏 氏
主体性を育む学びの設計図「ドルトンプラン」
――ドルトン学園に一歩足を踏み入れると、いわゆる「学校らしさ」を感じない自由な空気に驚かされます。安居校長が目指す教育のあり方とは、どのようなものでしょうか。
そもそも、どこを切っても同じような人間を作る教育なんて、もう必要ないんですよ。平均的な人間を作ったところで、今の時代はロボットやAIが肩代わりしてくれますから。僕らが大切にしているのは、生徒の「尖った部分」を削らずにいかに伸ばすか、という一点です。何か一つでも得意なことがあれば、人生には橋がかかり、生きる力が身に付く。それが二つ、三つに増えれば選択肢は無限に広がります。だから「苦手なことを平均まで引き上げる努力をするくらいなら、好きなことをもっとやった方がいい」と、教員と生徒に伝えています。
――学園で実践されている「ドルトンプラン」についてお聞かせください。
学校が果たすべき役割は、生徒自身が自らの意思で考える時間をたっぷり用意してあげること。そうすることでその子らしさが出て、新たな問題に立ち向かう力が生まれる。そのために、自由を最大限に担保できる学びの空間を作ったんです。私たちの教育思想をかたちにしたのが、全教科で導入している「アサインメント(学びの設計図)」です。何を、いつ、どこまで学ぶかを生徒自身が決定する。そこには、大人が用意した正解をなぞるだけの時間は存在しません。
単元ごとに作られた、数学のアサインメント用の小冊子。生徒たちは自分で「何をどう学ぶか」という計画を立て、学習を進めていく
――実際に生徒さんが学ぶ場である「ハウス」という仕組みについて教えてください。
ハウスは、1学年100人程度の生徒を六つに分けます。それを1年生から6年生(高校3年生)まで縦に積み上げると、約100人の異学年コミュニティができますよね。これが「ビッグハウス」です。ただ、100人だと普段の活動には少し大きいので、さらに4等分して25人サイズにしたものを「スモールハウス」と呼んでいます。これが普通の学校でいうところの「クラス」に当たります。
――ひとつのハウスに中1から高3までが混ざっているんですか?
はい。ホームルームの時間も、この異学年が集まったハウスで行います。「レクは何をやろうか」「次のイベントにどう参加しようか」というのを、6学年の生徒たちが一緒に考えるんです。担任の役割の先生は「ハウスアドバイザー」と呼んでいますが、中1から高3まで全員の面倒を見なきゃいけないので、これは結構大変ですよ(笑)。
――ドルトンプランのなかの「ラボラトリー」と呼ばれる、探究の時間も特徴的ですね。

ドルトンの探究は、常に「社会という本番」と地続きです。象徴的だったのは、「起業ゼミ」に参加していた中学2年生が、雨の日など客足が特に鈍っているタイミングで飲食店がクーポンを発行できるアプリを開発したいと言い出した時のこと。彼は自ら地元の商店街でリサーチを重ね、飲食店4点を巻き込みながら、食品ロスを減らすというSDGsの観点も盛り込んでアプリを完成させ、企業から200万円の投資を獲得しました。
――中高生がそこまで……! 学校側はどのような関わり方をしたのですか?
学校が強制したことはひとつもありません。まず生徒が動き、壁にぶち当たって立ち止まったりした時には、必要に応じて教員がサポートする。学校が生徒を動かすのではなく、生徒の動きを学校が全力で後押しする。これが私たちのスタイルです。
自由な発想を支える環境づくりの重要性
――校舎を拝見すると、ガラス張りの開放的なデザインが印象的です。学習の内容だけでなく、ハード面にも特徴がありますね。
わが校を見ていると、学習には「箱(施設)」も大事だなと思いますね。うちは校舎全体がガラス張りで開放的なだけでなく、中央の大階段を中心に教室と廊下がシームレスに繋がっているため、歩いているだけで自然と生徒同士の交流が生まれるんです。特に2022年に竣工したSTEAM棟は、中央エリアを連結したり分割したりできる「可変空間」が最大の特徴です。教科や授業の枠にとらわれない自由な学習スタイルに合わせて、空間そのものが形を変えられる設計にしています。
2022年に竣工したSTEAM棟のサイエンスセンター。生徒たちは3Dプリンターや電子顕微鏡といった高度な機器を、特別な許可なく使うことができる
STEAM棟の教室で行われていた授業の様子
――講堂についても伺いたいのですが、非常に本格的な設備ですよね。一般的な学校だと、全校集会以外は鍵がかかっているような「開かずの間」になりがちですが、こちらはかなり使い込まれている印象です。
結構使われていますよ。クラス単位の発表もそうですし、全学年が集まるような外部連携のイベントやスピーチコンテスト、会場貸しもしています。劇団の方に使ってもらう代わりに、うちの生徒や保護者は無料で観劇できるようにしたりしてね。ユニークな使い方で言うと、音楽の授業を舞台の上でやっていたりします。琴の授業や、外部の人を招いた曲作りなんかも行っています。最近は使い方が生徒にかなり委ねられていて、舞台袖にドラムを置いて練習している子がいたり(笑)。照明や音響の操作なんかは、もう生徒の方が上手いんです。
――役割として「音響係」が決まっているわけではなく?
違う違う。「なんとなく面白そうだな」と思って触り始めた子が、どんどん成長するんです。この前も、外部の方を招いたイベントで、生徒がアンバサダーとして協力したんです。先生は誰も機材を触れないから「生徒を呼んでくれ!」って。舞台の機材なんて僕らが知らないようなことをどんどん習得して、「先生、シーンの切り替えはこのボタン一個でいけるよ」なんて言われる。最高の環境を用意すれば、そこで出来上がるものも自然と高いレベルに近づいていく。「箱(施設)」は本当に大事ですよ。
取材当日は中等部の音楽の授業が行われていた。外部講師として招かれたプロの音楽家によるピアノ伴奏に合わせ、生徒たちの明るい歌声と笑い声が講堂に響いていた
――日々の教室に設置された机とイスは、可動式の家具が導入されています。選定の理由をお聞かせください。
高等部の英語の授業の様子。机とイスを自由に動かし、学習に最適なレイアウトをつくっている
一般的な学校の机は教壇を向いて並び、「情報の受け手」としての姿勢を強います。でもドルトンの机は、プロジェクトに応じて自由に組み合わせられる。机を動かすという小さなアクション一つで、思考の向きが教員ではなく「課題」や「仲間」へと変わるんです。
――「動かせる家具」が、主体性を引き出すスイッチになっているのですね。
ドルトン学園には、固定の席も教室もありません。生徒たちは回遊魚のように校内を動き回り、自分に合った居場所を見つける。一人になりたい時は、一人になれるスペースも用意しています。学校は、誰もが素のままでいられる場所であるべきですから。
常に変化を肯定し、問い続ける場所であるために
――既存の評価軸に捉われない姿勢は、卒業式のあり方にも現れているそうですね。
一期生の中に、やりたいことに没頭しすぎて単位が足りず、卒業資格を満たせなかった子がいました。普通の進学校なら「脱落」かもしれません。でも、同級生たちが「彼が自分を貫いた6年間を祝いたい」と、独自の『完走証』を授与する式を企画したんです。
――「卒業」ではなく「完走」。素敵な考え方です。
彼はその後、自らの意志で調理師の道を選びました。ドルトンの教育は、あえて先回りして安全圏を用意しない。「失敗するのも、うまくいくのも、君たちの人生」と言い続けているからこそ、生徒たちは他人の物差しではなく、自分の物差しで人生を選び取っていくんです。
――最後に、安居校長がこれからも「変わり続けること」にこだわる理由を教えてください。
僕自身、40代で教育界の外に出て「自営で食いつなぐ」経験をしてきました。自分の意志で動かなければ生きていけないという感覚が、今の僕の血肉になっています。組織はうまく回り始めると、どうしても守りに入り、前例主義に陥ってしまう。だから僕は今、あえてそれを新しく築き直そうとしています。ハウス制度の刷新、さらには「時間割をなくす」という挑戦まで。完成を求めず、常に問い続ける場所でありたいと思っています。
――変化を恐れず味方につけるという姿勢が、生徒のみなさんにもしっかりと受け継がれているのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日:2026年2月