地域の魅力を発信する
プロにも市民にも開かれた施設づくり

2023.05.16
インタビュー
2022年7月31日、鹿児島県指宿市に新たな市民会館がオープンしました。文化創造や地域経済の向上等に資する芸術文化の拠点としてつくられた指宿市民会館は、大ホールのほか、来館者がくつろぎながら展示物を楽しめるホワイエと創作活動室で構成されています。旧市民会館よりもひとまわりコンパクトな設計ながら、誰もが利用しやすいよう、バリアフリーにも配慮されたつくりとなっています。
805席の大ホールは、プロによるオーケストラや演劇などの公演から、市民のコンクールや発表会まで幅広く使うことが出来るホールです。ホールの印象を左右するイスには、指宿市民会館のためにデザインされたオリジナルの張地が使われています。検討された複数のデザインのうち、張地に採用されなかった市の花「ハイビスカス」と市の蝶「ツマベニチョウ」をモチーフにしたパターンは、施設内のエレベーターの扉に採用されました。施設の随所に、指宿らしさを感じられる市民会館です。
今回のインタビューでは、指宿市教育委員会の上村真史氏と指宿市役所の永山裕之氏に、新しい市民会館への想いや今後の展望についてお伺いしました。


指宿市教育委員会 
歴史文化課 文化施設管理係
主幹兼文化施設管理係長
上村 真史 氏


指宿市役所 建設部 
建築課 建築係(学校設備室 学校整備係併任)
主査
永山 裕之 氏

施設の集約化で、既存施設と一体活用を図った新市民会館

――指宿市民会館を新しく建て替えることになった経緯について、お聞かせください。

上村
指宿市は、平成18年に旧指宿市・旧揖宿郡山川町・同郡開聞町が合併し、現在の指宿市が誕生しました。旧指宿市の市民会館は、昭和44年に建てられたものでした。竣工から53年が経ち、老朽化が進み、毎年の施設の修繕費用も結構かかってきたので、建て替えもしくは大規模改修をしなければならないという話が出てきました。さまざまな可能性を探って議論を重ね、最終的に建て替えることが決定したのです。

――新しい市民会館は、場所も変わっていますね。

上村
はい。新しい市民会館は、基本設計の段階から「なのはな館」との動線を考慮して考えられました。なのはな館というのは、1998年に鹿児島県が建てた交流センター「ふれあいプラザなのはな館」で、施設の南側を指宿市に譲与したかたちとなっています。そこで、新しい市民会館は「なのはな館」の敷地内に建てることで、施設を一体的に活用しようということになりました。会議室をまとめるなど、施設の集約化を図っています。

――施設の集約化のために場所を移したのですね。旧指宿市の市民会館はどのようなホールだったのですか。

上村
1120席の大きなホールでした。年間4〜5万人もの人に使われており、稼働率は高かったですね。しかし、ゆとりのある座席の大きさや人口の減少という観点などから、新しい市民会館は800~900席の中規模程度のホールにしようということになり、最終的に805席になりました。
永山
人口の減少とともに高齢化も進んでいます。そのため、現在の建築基準法や関連法にのっとりながらバリアフリーにも対応しました。多機能トイレやホール内の車イス席などの使い勝手に配慮し、来ていただく皆さんに、気持ち良く使っていただけるホールを目指しました。

誰もがいつでも自由に利用できるホワイエ

――新しい市民会館が完成しました。いかがですか。

上村
工事が進み内装が完成し、その後に緞帳とイスが設置された時には泣きそうになりました。
永山
私もです。ステージの後方に立ってホール全体を見渡した時には本当に泣きそうでした。それまでの色々な調整が思い出されて。
上村
施設ということでいいますと、1階のホワイエが特徴的です。計画当初はホールらしい重厚感のあるイメージだったのですが、明るい感じに変えてもらいました。というのも、ホワイエは外の芝生広場でグランドゴルフなどを楽しむ市民が、自由に出入りできる空間にしたかったからです。トイレを使ったり、テーブル席やベンチで休憩したり、カフェのような雰囲気で憩いの場になれば良いなと。通常、市民会館は、一年に何度も行くような場所ではないですよね。そうではなく、誰もがいつでも自由に出入りできて交流の場としても活用してもらえれば嬉しいなと。
永山
そのため、ホワイエは普段から開放しているんです。ここはトイレが綺麗ですし、ベビーチェアや授乳室もあります。子ども連れの方にとって、そこは大切なポイントですよね。

――市民会館が普段から市民の交流の場として考えられているのですね。とても素敵です。

目指したのはプロも市民も利用できる快適な大ホール

――大ホールでこだわったポイントがあれば教えてください。

永山
まずはホールの形状ですかね。ここは、指宿市内で初めて天井だけでなく壁面にも音響反射板を備えたホールなんです。天井のみというのはあったんですけどね。音楽をやるホール形式と舞台形式の2パターンを想定し、それぞれに異なる残響時間が設定されました。音を響かせる音楽と、声を聞きとりやすくする舞台とでは、満たすべき数値が異なるのです。そのため、工事関係者とホール施工時も気を使って監理しました。
上村
今までの市民会館は、私的な文化事業の開催というのが有りませんでした。新しい市民会館は音響設備も優れていますので、鹿児島交響楽団のような人たちに来ていただき、演奏していただきたいですね。あと、今までの市民会館は利用者が決まった人になってしまうという問題がありました。これからは、市民会館を使ったことがない人や舞台にあがる経験をしたことがない人に、そういった機会や場の提供をしていきたいです。ちょっぴり贅沢な希望ですが、そのようなことも考えて設計されているのだと思っています。

――ホールのイスについてはいかがでしょうか。

上村
わたしは当時、教育委員会の別の課にいたのですが、ある時、2脚の劇場イスが事務所に置かれていました。よく見る普通の座のイスと、今回採用した「スペーシア」です。座面の異なる2脚のイスを、教育委員会の職員に座ってもらって投票が行われました。その結果、この形(スペーシア)に決まったんですよね。わたしも座り比べて丸を付けた覚えがあります。
永山
スペーシアは前任者が「とても座りやすい」と言っていました。若い方は特に気にしないかもしれませんが、高齢者の方にも配慮し、長時間座っても疲れないものが良いということもあり、採用が決まりました。
上村
指宿はご存じの通り温泉地で、宿泊施設も多くあります。そのため、スポーツ合宿なども盛んで誘致にも力を入れています。新しい市民会館では、舞踊など、ご年配の方々の発表や祭典などを行い、お近くに泊まっていただく。そういった文化的な合宿にも使ってほしいと思っています。そういった観点からも、スペーシアの導入を決めたのです。

イスの張地に指宿の魅力を伝えるオリジナルデザインを採用

――土器をモチーフにした張地は、どのようにして決めたのですか。

上村
イスの張地を既製品ではなくオリジナルにすることは、わたしの前任から決まっていました。それなら指宿らしいものが良いね、というところからスタートしたのです。
永山
そもそも、そういうことが出来るものなんだ、と驚きました。最初に考えていただいたコンセプトは、指宿の風景の継承でした。加えて、指宿の市蝶であるツマベニチョウや、市の花のハイビスカスなどをモチーフにしたデザインも出していただきました。それと、土器などをモチーフにしたものと。開聞岳(※)、という話も出ましたね。
上村
本当に色々な案を出していただきました。最終的には、市民会館などの文化施設を担当している課は「歴史文化課」なので、歴史にちなんだものが良いのではないかということになりました。
永山
わたしのいる建築課でもアンケートをとったんです。そうしたら本当にビックリするくらい綺麗に意見が分かれました。僅差で、ベタだけど指宿と言えばハイビスカスかな、となりましたが、やはり担当は歴史文化課でしたから、ハイビスカスにはならないんだろうなと、皆思っていたと思います(笑)。
上村
歴史文化課には学芸員がいます。彼らはずっと博物館にいますので、自然と「歴史文化課が担当しているのだから、古代の要素をいれるべきだろう」という結論になりました。
※薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。日本百名山の一つ。

――指宿には歴史的な遺産があると聞きました。

上村
そうなんです。国指定史跡の指宿橋牟礼川遺跡(はしむれがわいせき)があります。橋牟礼川遺跡は、それまで明確でなかった縄文時代と弥生時代以降の時系列の関係性を初めて学術的に証明した、とても重要な遺跡なんです。やはりそういったところにいると、どうしても古代に対する想いが強くなりますよね。今回デザインに取り入れていただいた成川式土器(※)は、その遺跡で出土したものです。
永山
今回、イスの張地にそのデザインを取り入れていただいたということで、まさに座ったら「古代に包まれる」ようなイメージで行きましょう、ということになりました。他にはない、指宿らしいオリジナルのデザインに仕上がったかなと思っています。
※九州地方南部に分布する古墳時代の土器。

――そんな重要な遺跡があったとは知りませんでした。実際にオリジナルの張地のイスを見たときはどうでしたか。

上村
デザインを検討する際にCGをつくっていただいたのですが、立体的なイスに張ったときのイメージがしやすく、とても参考になりました。実物はその印象に近かったですね。
永山
遠目には分かりませんが、よく見ると何色もの糸を使っているんですよね。こだわりを感じます。

――イスの張地に選ばれなかったデザインは、エレベーターの扉にお使いいただいたようですね。

永山
建築課でのアンケート結果が、忘れられなかったということですね(笑)。はっきりとは覚えていませんが、わたしが提案したんだと思います。
上村
ホワイエでお客様をお出迎えしてくれるような、視覚的にちょうど良い場所になりました。まだ検討段階ですが、市民会館のパンフレットに活用したいという話も出ています。あと、アロハシャツやポロシャツに仕立てるとか。今後、色々な展開が考えられますので、楽しみですね。

指宿に人を呼び込む、シティプロモーションの一つとして

――市民会館全体が、指宿の魅力を伝えるツールになっていますね。

上村
イスの張地デザインに織り込んでいただいた「橋牟礼川遺跡」や「成川式土器」は、このあたりに住んでいても知らない人がまだまだいます。もちろん小学校の社会科見学などでは行ったりしますけどね。今回イスのデザインに取り入れていただいたのを機に、広めていけたらと考えています。
永山
指宿のイメージは、一般的にはハイビスカスですが、今回はデザインしていただいたものがベストだったと感じています。これからは成人式もここで開かれると思いますので、そういう機会を利用して若者に伝えることができます。「実はこの柄は…」なんて、知っている人が友人や家族に教える姿が見られるようになって、ここから指宿の文化や魅力が伝わっていけば良いなと思いますね。

――それはとても素敵ですね。では最後に、今後の展望をお聞かせください。

上村
指宿は現在、人口が減っています。そのため、交流人口を増やしていこうとしています。新しい市民会館では自主文化事業に力を入れて、多くの宿泊施設も利用していただき、吹奏楽などの合宿やコンクールの誘致を推進していきたい。そうすることで市外から人を呼び込み、交流人口を増やし、市の活性化に繋げていくことができればと考えています。

――弊社のイス、そして張地デザインが、指宿のシティプロモーションの一助になれば嬉しい限りです。本日はどうもありがとうございました。

取材日:2022年6月

張地デザインについて

指宿市民会館のホールのイス張地は、指宿市のご要望を基に、グループ会社の株式会社FABRIKOがデザインいたしました。

指宿市と打合せを重ね、ご意見やご要望をもとに、指宿市の花や市の蝶、開聞岳、成川式土器など3つのテーマで、複数の案をご提案いたしました。
ご採用いただいた「成川式土器」のデザインは、歴史文化課の方からの強いご要望で、指宿市独自の「成川式土器」の紋様を活かしたオリジナルのデザインはできないかというものでした。

実際に現地を視察すると、指宿市の豊富に湧出する温泉や、風光明媚な開聞岳や海沿いの断崖、大地のエネルギーが感じられる雄大な風景に遭遇します。その空気感も表現できるよう検討し、雄大な断崖や土器が眠る地層を彷彿させるように、土器の模様を重ねたデザインをご提案しました。

張地は、朱色のベースに、土器の紋様をモチーフにした幾何学的な縞模様は、カラフルな光沢感のある糸を織り込み、見る角度や照明の当たり具合によって印象が変化。客席全体に豊かな表情をつくりあげています。そして、この光沢のある緯糸(よこいと)には、市章に使われている色を織り込み、細部までこだわった、まさに指宿市ならではのデザインとなっています。

また、ご提案時の別案も大変気に入っていただき、エレベーターの扉にもデザインをご採用いただきました。市の花「ハイビスカス」、市の蝶「ツマベニチョウ」をモチーフに、背景にはホールのイス張地にも使用した「成川式土器」の紋様を波に見立て、指宿市ならではの南国らしいイメージを表現しています。こちらのデザインは、施設パンフレットの表紙にも使われ、施設のブランディングにも一役買っています。

イス張地やエレベーターのデザインがきっかけとなり、地域の歴史や文化の周知や、継承につながるお手伝いができれば、ありがたいです。

多くの人に指宿の魅力を知ってほしいという願いが込められた市民会館。文化度の高い町にふさわしいホールにしたいという想い、そして指宿市らしさにこだわったオリジナルのデザインが、これからの指宿市の魅力発信につながっていきます。
 

Written by FABRIKO

関連リンク

【関連企業・事業所】株式会社FABRIKO
指宿市民会館 | 株式会社FABRIKO WEBサイト

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