本物に触れることで「気づく・考える・伝える」
力を培う探究の場を提供

2022.12.05
インタビュー
130年の歴史を誇る海城中学高等学校は、中高一貫教育を行う全国有数の男子進学校です。2021年7月に新理科館「Science Center」(以下サイエンスセンター)が完成し、9月から運用を開始しました。①学び・交流・発信が融合する新しい理科館、②学園の新しい「顔」としての新理科館、③環境教材やものづくりを体験できる教材校舎の三つをコンセプトに、九つの実験室、大型スクリーンを備えた階段教室「合同31」、プレゼンテーションルーム、温室などで構成された理科の専門校舎です。変化に富んだ将来を生きていく生徒たちが、どのような社会にあっても通用する学力を養う場、科学的思考力を育てる環境の提供を目指して建設されました。
今回は新校舎プロジェクトで地学の建設委員を務めた理科副主任の山田直樹氏に、サイエンスセンター及び合同31の建設目的や活用状況などについてお話を伺いました。


海城中学⾼等学校
理科 副主任
教諭
山田 直樹 氏

“教材校舎”をコンセプトにした新理科館「サイエンスセンター」


――サイエンスセンターの建設経緯についてお聞かせください。

1961年に建設された以前の理科館は、物理、化学、生物それぞれの実験室と共同実験室2室しかなく、地学の実験室はありませんでした。探究的な授業を行うために実験や実習を多く取り入れたくても、キャパシティが足りない状況でした。なおかつ建物も老朽化したことで、2012年に新しい理科館の建設プロジェクトが立ち上がりました。
東京五輪などで建築費が高騰したことにより一度は中断したのですが、探究的な授業を今まで以上に取り入れていく流れの中で、新しい理科館の建設は喫緊の課題であるということで2018年に再開し、今回の完成に至りました。

――サイエンスセンターは建物全体に様々な工夫がありますね。

実験が十分にできるキャパシティのある建物をつくりたいというのが大前提ですが、入れ物として実験室があればいいわけではありません。つくるからには何か特色のある建物にしたいということで、建物自体が教材となるような学びの校舎をコンセプトにしました。
例えば校舎の色々な所に「気づきサイン」があり、それに対する「わかるサイン」が近くにあります。これにより、太陽光発電や地中熱を利用した冷暖房など、サイエンスセンターの至る所に導入されている様々な環境配慮の手法が分かるようになっています。
また、展示にも様々な工夫をしています。エントランスには建設時に採取した地層のはぎとり標本や、エネルギーの発電・消費状況をリアルタイムで表示するモニターなどを設置しています。各教科の実験室にはガラスの展示棚を設け、地学であれば鉱物や化石、生物であれば剥製や骨格標本などを展示し、生徒に気づきを与えるきっかけを増やすように心がけました。

――建物内は基本的には実験室が中心となりますか。

旧理科館には技術室などもありましたが、新理科館は理科に特化した校舎になっています。実験室は、地学1、物理2、生物2、化学2、共同実験室2で合計九つあります。また以前は科目ごとにフロアが分かれていた職員室が、今回は理科職員室として一つに集約されました。理科科目全体の横のつながりができ、教員同士のコミュニケーションが増えて相談もしやすくなりました。

――実験室は科目ごとにそれぞれ特徴があるようですね。

実験室は各科目の教員がそれぞれ要望を出したので、間取りや家具なども異なっています。地学実験室でいえば、作業しやすいように実験台はできるだけ大きくてフラットなものにしました。また実験装置を使った演示実験もしやすいように、教壇はつくらずに広いスペースを確保しています。生徒が色々なものに触れる機会をつくりたかったので、実験室内にも展示スペースを設けました。
展示物は、新たに買い集めたものもありますが、倉庫に眠っていたものもあります。設備についても、岩石や鉱物を観察する偏光顕微鏡が一クラスの生徒の人数分あったのですが、今まではスペースの問題であまり使われていませんでした。しかし今回、地学専用の実験室ができたことで、顕微鏡も標本類もまとめて置けるようになり、実験や観察が非常にやりやすい環境になりました。

――資料や器具はあったけれど、それを自由に使う場所や環境が足りなかったということですね。

特に地学はその傾向が強いですね。
ほかにも今回、岩石カッターや研磨用の器具を備えた岩石処理室を設置しました。市販の標本だけではなく、生徒が河原から取ってきた石から自分で岩石標本をつくり、顕微鏡で観察することもできるようになりました。実験室が増えただけではなく設備面でも充実したことで、自分たちで疑問に思ったことを自分たちで調べるという選択肢が、かなり広がったのではないかと思います。

200インチの大型スクリーンを備えた階段教室「合同31」


――弊社が家具を納めさせていただいた「合同31」は、どのような目的でつくられたのでしょうか。

実験室については各科目の教員が決めましたが、共有部分については各科目から選ばれた建設委員で話し合いました。
合同31は、多くの人が座れる広い講義室が欲しかったというのが理由の一つです。外部から人を招いて講演してもらうときなど、普段の授業以外にも使えますから。もう一つは、ホワイトボードとしても利用できるこの200インチの巨大スクリーンですね。できるだけ投影できる部分を広くして欲しいとお願いしました。席を階段状にしているので、映像を見せるときにもすごく迫力がありますし、きれいに見えます。
また階段教室だと、教員が演示実験を行う際にも見やすいのではという意図もありました。

――一般的には視聴覚教室にスクリーンが設置されていることが多いですよね。

以前は視聴覚教室もあったのですが、今は各教室にすべてホワイトボードとプロジェクターがあり、教室で映像を見せることができるため、視聴覚教室はなくなってしまいました。
ただ合同31は教室と違って真っ暗にすることができるので、普通教室ではなかなかきれいに映らないものも大きな画像で鮮明に見せられるというメリットがあります。そのため地学でいえば、星に関係するものを見せたいときに使っていて、もう一人の地学の教員は天文分野の授業はほとんどここで行っていたようです。 また、大きいスクリーンが映像を見せるのに使いやすいということで、理科以外の教科でも使われています。その意味で、今はスクリーンを使った利用がメインになっています。


――授業以外で使われることもありますか。

この間の文化祭では、小学生や保護者への模擬授業としてここで簡単な演示実験を行いました。私が行ったのは液体窒素を使って空気を可視化するという実験です。その際は実験の手元をカメラで撮影し、それをリアルタイムで投映し、実際の手元と画面のどちらも見られるようにしました。そのほか、外部の方の講演でも使っています。サイエンスセンターには無色透明の発電ガラスという世界最先端の技術が組み込まれていまして、それを供給してくださった会社の方に講義をしていただきました。
このようなイベント時は、多くの人数を収容できる合同31は使いやすいです。もちろん講堂もあるのですが、講堂は400名ぐらいの収容能力があり、そこまでは大きくなくても良いというケースも多いですので。

――今後は生徒さんが発表をすることもありそうですか。

生徒はMac book AirやiPadを一人1台持っているので、地学の授業でも実験結果をパワーポイントにまとめて、投映しながら他の生徒に説明することがあります。私はまだやっていませんが、パワーポイントを使う場合は合同31の方が良さそうですね。
ほかにも、隣接する戸山小学校の児童が夏休みなどに本校に来て、生徒が話をする機会が毎年あるのですが、そのときも合同31を使うと良いかもしれません。



知的好奇心を持続し、科学的思考力を育てる場として

――生徒さんの人数と、理系に進む生徒さんの割合がどのぐらいか教えてください。

1クラス40名から42名程度で、1学年が8クラスあります。大雑把にいうと中学で1000名、高校で1000名、全部で約2000名という規模です。
高校2年生で文系と理系が分かれ、通常8クラスのうち5クラスが理系、3クラスが文系ですが、多いときは6クラスが理系ということもありました。

――それに対して理系の先生は何人いらっしゃるのですか。

専任と非常勤の教員がいますが、全部で21名です。地学でいえば専任が私を含めて2名、さらに非常勤が1名います。地学の専任教員が2名いるのは珍しいと思いますよ。
教員の人数は以前から多かったのですが、ここ数年で大きく変わってきたのは実験助手の人数です。以前は理科全体で1名でしたが、2名、3名と徐々に増やしていき、現在は物化生地それぞれ1名ずつの4名になりました。各実験室の隣にある準備室に常駐し、授業の準備をお手伝いいただけるので非常に助かっています。

――運用開始から1年以上経ちましたが、サイエンスセンターの評判はいかがですか。

高い評価を得ていると思います。学校説明会のような時にアンケートを取っても、サイエンスセンターの評価がずば抜けて高いです。オープンキャンパスに来た小学生が「すごいな」「ここで学んでみたいな」と言ってくれるのを聞くと、良い校舎ができたのだなと実感できますね。教える側としてもすごく恵まれた環境で仕事ができていると感じています。
またこうした環境に触発されてか、最近理科系の部活を希望する生徒が増えているような気がします。

――一般的な学校に比べて実験に多くの時間を割いていると思いますが、大学受験への対応はいかがでしょうか。

もちろん受験対策をしていないわけではありません。高2、高3になれば問題演習の時間も増えます。
実験が中心なのは中1、中2で、その時はほとんど毎時間ここに来ています。
「不思議だな」「何でだろう」と思ったことを自分で調べてみる。一度でうまくいかなければ何度もやり直す。さらにそこから考察し、導き出した結果を人に伝える。そうした力を培うためにも、最初のうちにできるだけ本物に触れ、自分自身で手を動かす機会を多く持つことが、その後の学びの深まりにもつながるのではと思っています。

――6年間を通して学びを考えることができる中高一貫のメリットかもしれませんね。

それはありますね。以前は高校からも入学できましたが、だいぶ前に中高一貫にして高校からの入学をなくしました。そのことは、カリキュラム的にメリットが大きかったとは思います。

――サイエンスセンターを活用することで、どのような教育につなげていきたいとお考えですか。

将来を生きていく生徒たちは、今よりもっと変化の急速な未知の世界を生きていくことになります。社会的にも言われていますが、そうした世界でたくましく生きていくためには、思考力、洞察力を高め、自分で考えたことを適切に表現して人に伝える能力が今まで以上に求められます。それに対応するためには、教員が一方的に教えてそれを吸収するだけの知識獲得型の授業では足りず、授業のあり方も変わっていかざるをえません。
その一つの形が探究学習だと思いますが、実際に行うのは簡単なことではないですよね。何を探究するのかを探すことも難しいわけで、それを授業でどう導いていくかです。知識獲得型の授業がいけないというわけではないので、時と場合に応じてうまく融合させながら新しいスタイルの授業をつくっていくことが大切です。
本校に入学してくる生徒は、ほとんどが強い知的好奇心を持っています。でも、学年が進んで大学受験が視野に入ってくるに従い、理科や自然に対する興味関心が段々と問題を解いていくことに置き換わっていく傾向があります。できれば知的好奇心をできるだけ失わずに、高い学年まで持続して欲しい。そのためにもサイエンスセンターが、常に生徒の知的好奇心を刺激するような場になればと考えています。
本校の生徒たちは、将来、社会に出てから色々な所で活躍していく人材になると思います。だからこそ文系・理系関係なく、様々な角度から対象を捉え、定性的・定量的の両面から評価できる科学的思考力を身につけることで、生徒たちの将来の活躍の幅がさらに広がっていくのではないでしょうか。

――素晴らしい環境に恵まれた生徒さんが今後どのような活躍をされるのか楽しみです。本日はありがとうございました。


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海城中学高等学校 Webサイト

取材日:2022年10月

講義机イス 可動式机イス

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