木造建築ならではの良さを生かした
音楽学校の学び舎としてのホール

2022.03.09
インタビュー
多くの優れた音楽家を輩出してきた桐朋学園の仙川キャンパスに、2021年3月、「桐朋学園宗次ホール」が誕生しました。これまで音楽ホールがなかった桐朋学園音楽部門にとって待望の施設で、宗次德二氏(CoCo壱番屋創業者、NPO法人イエローエンジェル理事長)の寄付を受けて建設されたことからこの名前が付けられました。仙川キャンパスの新校舎同様、隈研吾氏がデザインした木造建築で、「木が織り成す音楽の場」をコンセプトに「CLT(クロス・ラミネーティド・ティンバー、直交集成板)」を採用した世界初の音楽ホールです。構造体としてだけではなくホール内の仕上げ材にもCLTを使用し、木の美しさを生かした内装・外装と木造ならではの心地よい響きが特徴になっています。客席は最大234席(1階:固定席188席・可動席27席、2階:可動席19席)と小ぶりですが、ステージはフルオーケストラが演奏できる十分な広さがあり、その他に教室(講義室)、レッスン室のある教室棟も併設されています。
このインタビューでは、同ホールの建築委員会委員長を勤めた長瀨浩平氏に、宗次ホールに込めた思いや今後の展望についてお伺いしました。


学校法人 桐朋学園 理事
桐朋学園大学 教授
長瀨 浩平 氏

音楽と親和性が高い木にこだわった仙川校舎


――仙川キャンパスの第一期工事として2017年に校舎を建て替えた後、第二期工事として桐朋学園宗次ホールが完成したわけですが、どちらも非常に印象的な木造建築ですね。

仙川キャンパスの新校舎に木造建築を選んだのには色々な理由があります。一つは、本校は音楽の学校ですので楽器のような建物を作ろうと考えて木造を選びました。楽器の多くは木でできていますからね。
これまでは学生・生徒が練習するスペースがあまりなかったことから、廊下などで練習することを黙認していました。そのため校舎内には音があふれていて、学校全体が音楽を奏でているようだったのですが、そのイメージを形にしたわけです。
もう一つは、国が建築物における木材の利用、特に国産木材の活用を推進していることです。木造建築が今の国の政策ともベクトルが一致していることもあり、木造を条件に選考が行われ、隈研吾先生のデザインが選ばれました。宗次ホールはその流れのまま計画されたので、最初から一期工事を担当された隈先生の木造建築でということになりました。

――桐朋学園音楽部門にはこれまで本格的な音楽ホールがなかったとお聞きしました。

ホールと呼べるような空間がなかったので、学内の音楽会やオーケストラの練習などは大きめの教室を使い、卒業試験など本番のステージはすべて外のホールで行っていました。
建設にあたっては、土地が限られているので高さや奥行きに関しても制限がありました。宗次ホールは半分ぐらいをステージが占めていますが、普通この空間で作ったらもっと客席が広くてステージが狭くなるはずですよね。教室では大編成のオーケストラの練習をするのが厳しかったので、ステージはフルオーケストラでも十分練習できる広さにしたいという話になりました。その時、ステージを作らずに全部フラットにして、可動式のイスを置いて多目的に使えるスペースにしようかという意見も出ました。でも学生・生徒たちが最終的に学ぶ場所、あるいは学んだことを発表する場だとすれば、ステージに上がるという経験が重要だろうと考えてステージの広さを優先しました。
ここはあくまでも教室の延長線上にあるホールです。普通のホールであれば、お客さんに何かを届ける場所という位置づけが一番重要だと思いますが、学ぶ場所の一つという位置づけを重要視したということですね。ステージに立って自分たちが学んだ音楽の最終的な形を聴衆に届ける、そこで初めてレッスン室では気づかなかったこと、自分に足りなかったことに気づきそこからまた学ぶ、そんな場所なのだと思います。


学校ならではの利用方法に配慮したオーダーメイドのイス

――宗次ホールには客席のスペースだけではなく、他では見られない色々な特徴がありますね。

本校には小学生や中学生も通う「子供のための音楽教室」があるので、小さい子供たちにも学生・生徒の練習を見せたいということになり、見学できる通路として2階の歩廊を作りました。
イスについても、小さい子供には肘掛けは必要ないのではという話になりました。肘掛けを上げるとお母さんと子供が2人、あるいは子供だけなら3、4人座れるようなイスがいいよねと。場合によっては楽器も置けますから。
最初は、色々なメーカーのショールームへ行って探しました。でも肘掛けをはね上げられるものはなかった。その時、隈先生の事務所で長野県の「飯山市文化交流館なちゅら」にそうしたイスを納めたと聞いたのです。私が実物を見に行って良い感じだったので、建築委員会で報告して同じようなイスをオーダーメイドで作ることになりました。
メーカーを決めるにあたっては2社に試作品を作っていただき、誰でも座れるように教員室にしばらく置いたままにして、色々な人に座り心地を確かめてもらいました。
工事の時に隈先生が来られてイスを決める瞬間があったのですが、その時隈先生が「先生たちはどちらがいいのですか」と私たちに聞かれたのです。先生方はこちらがいいと言っていますと伝えたら、その一言で「じゃあ、こちらで」と皆さんのメーカーに決まりました。

――実際に座って選んでいただいたのは非常にうれしいです。何がポイントだったのでしょうか。

どちらも一長一短があり、色々な意見がありました。うまく言えないのですが座った感じがちょっと違っていて、これは背が少し高くて座り心地が良かったのではないかと思います。
それと肘掛けをはね上げて座ったときに、肘が背中の真ん中にあっても違和感がありませんでした。普通、少しはデコボコしそうなものですよね。でも全くそういう感じがなくて、これはさすがプロの仕事だと感じましたね。肘掛けの裏側に付けたホールのロゴマークも、印刷ではなく刺繍なのでクオリティが高いと思います。
もし隈先生がデザイン的なこだわりが強かったら、どちらのイスになるかはデザイン重視で決まったと思います。でも座った人がどう感じたかを気にしてくださって、その結果自分たちで選べたのは良かったです。ただ、後で隈先生から色々な注文が入ったと思うので、御社もたぶん苦労されたのではないでしょうか(笑)。でも今までにないタイプのイスなので、他でもこれが欲しいという人が出てくるかもしれませんよね。

――先生はショールームや実際のホールを見に行くなど、イスを選ぶだけでも多くの労力を費やしていらっしゃいますね。

実物を見て座った感じを大事にしたかったですし、いいものを作るためにはできる限りのことをしないと、という気持ちがありましたから。
実はCLTの工場も岡山まで見に行きました。CLTは普通構造体で使うもので仕上げ材には使わないので、本当だったら節がたくさんあります。でも今回はなるべく節が見えないように、ものすごく丁寧な仕事をしてくださいました。それは我々が出かけていって、直接色々なことをお願いしたからではなかろうかと勝手に思っています。
古くさい考え方かもしれませんが、直接顔を合わせて話をすることで物事は動いていくのではないでしょうか。ビジネス上の関係であってもこの人たちのためにちょっと頑張ろうと思っていただけたなら、こんな得なことはないじゃないですか。そして案外、人間はそうした心意気みたいなものがあると思っています。

――お話を伺っていると、ホールのあちこちに先生方の思いが詰まっているのがわかります。

長い間欲しいと思っていたホールをいよいよ自分たちが持つとなったとき、できる限りみんなで考えていいものを作りましょうという話になりました。毎週3~4時間は建築委員会で会議をしていたと思います。建築委員会はオープンにしていたので、教員あるいは職員で時々来る人もいました。梅津学長もほぼ毎回出られていましたね。
普通こうしたプロジェクトにはコンサルタントを入れるらしいですが、今回はいい会社がみつからなかったので直接やりとりすることになりました。素人なのでわからないことは業者の方々に質問して、問題点もみんなで共有して、自分たちなりに一生懸命取り組みました。ですので、業者の方も含めてチームで一緒に作ったという感じがありますね。

音楽を学ぶ人と共に成長していくホールへ

――本格稼働はこれからだと思いますが、今はどのような形で使われていますか。

9月からオープニング・コンサート・シリーズが始まりました。授業では演奏中心の授業と、大ホールでの本番に向けたオーケストラの練習で使っています。
ピアノ演奏の授業をした先生がおっしゃっていたのは、弾く役の学生がこれまで以上に自分の音を聴くようになったと。たぶんこのホールの響きが心地良いのでしょうね。それは大きな変化だと思います。今後は、ステージに上がって客席を見ながら演奏するという経験を多くの学生・生徒がしたときに、そこから何を学んでくれるのかが楽しみですね。
それから宗次ホールは、ワイヤー構造のマイクを前後左右自由に動かせるようになっています。こうした録音方式はまだ日本ではやっていなくて、大体3点吊りマイクをぶら下げていますよね。最初はそのつもりだったのですが、梅津学長が素晴らしい音響で有名なウィーン楽友協会のホールではこの方式でやっていて優れていると。それで色々な人に迷惑をかけたのですが途中から変更したのです(笑)。
今は、マイクの位置によって変わる録音データを試行錯誤しながら蓄積しているところです。3点吊りではできないことができるので、いずれはその良さを生かしてここで録音したいというニーズが生まれてくるかもしれません。

――地域の方に向けたコンサートなども計画されているのですか。

新校舎ができたときから「木の香りコンサート」という名前で、学生・生徒たちが演奏する無料コンサートをやっていたので、今後は宗次ホールを使うことになると思います。地域の方もそうした場に来ていただくことで、自分たちの町のホールという感覚を持っていただけるのではないでしょうか。大風呂敷を広げるようですが、せっかく建てるなら後々文化財として価値が出るような建物になればと思っていたので、地域の方々にも価値を認識していただけるような存在になるのが理想ですね。
一般的には、学校はどちらかというと閉じた空間でなければいけないので、私立は緊急時の避難場所にもあまりしないですよね。本校も基本的にはそうですが、音楽は最終的にお客さんに届けた時点で完成するものだと思うのです。宗次ホールには客席があるので外の方に来ていただくのが自然ですし、自分たちの音楽が一般のお客さんにどんな風に届くのかを知るのはとても重要だと思います。

――学校として、今後どのようなホールにしていきたいとお考えですか。若い音楽家に無償提供するというお話もあるそうですが。

それは梅津学長のアイデアです。クラシックの世界では若い人たちが本番のステージで演奏する機会が少ないのです。学校の施設ですから、卒業生だけが使うという考え方もあるかもしれません。しかしクラシック音楽が日本の文化として定着して盛んになることは、本校の学生・生徒たちにとってもマイナスであるはずがなく、そのためにも大いに使ってもらえたらと思っています。
梅津学長は仕事柄、世界中日本中のホールをご存じの方ですけれど、宗次ホールの音は一位か二位ではないかとおっしゃっていて、手前味噌ではなく本当に素晴らしいものができたと思っています。完成して建築委員長としての自分の仕事は終わりましたが、この空間はこれからたくさんの音を響かせていくことでもっと成長していくと思うのです。学内だけではなく学外の方々にもこの素晴らしいホールを味わっていただく、あるいは一緒に活動していただくことで宗次ホールを育てていただきたいですね。作った物の一人として今後成長していく姿を見るのが楽しみです。

――私たちも宗次ホールでの演奏を聴きたくなりました。是非多くの方々に素晴らしい音楽を聴くチャンスを提供していただければと思います。本日はありがとうございました。


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桐朋学園大学 Webサイト

取材日:2021年10月

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