彩の国さいたま芸術劇場の開館は、1994年。現在の施設の稼働状況はいかがですか?
山海 昨年2014年に開館20周年を迎えました。現在、年間の施設稼働率は約90%で、自主事業と貸館事業がおおよそ1:1の比率です。特に音楽ホールや小ホールは、一般市民の方の利用が多いですね。大ホールでは、芸術監督である蜷川さんのやりたいことを最大限に発揮していただけるような体制を整えるようにしています。年に最大5〜6本の蜷川演出作品を中心に、海外カンパニーの招聘公演も行っています。
他の劇場と比較しても、芸術監督が関わる公演が年間5〜6本あるのは、珍しいように感じます。
山海 そうかもしれません。蜷川さんが、この劇場を気に入ってくださっていることが、大きな理由です。当劇場の大ホールのステージは、主舞台も奥舞台もかなりの面積があるので、奥行きを目いっぱい使ったような大きな演出ができるんです。『海辺のカフカ』でも、この広さが最大限に使われています。これまでの他の作品もそうですね。劇場がどんな舞台を持っているのか、これが作品の誕生にも大きく関わっていると思います。
客層としては、埼玉県内から来られる方が多いのでしょうか?
山海 公演のジャンルによりますね。彩の国さいたま芸術劇場の事業は、演劇公演・舞踊公演・音楽公演の3本柱で成り立っていると言えますが、演劇公演では県内・県外のお客様の割合が半々くらいでしょうか。音楽公演では県内のお客様が8割くらい、舞踊公演は県外のお客様が圧倒的な人数です。舞踊公演では、今最も旬で注目を集めているダンスカンパニーを海外からピックアップし、「ここでしか見られない公演」を打つことが多いので、関東圏に限らず全国からお客様が集まります。逆に音楽公演は、有名なアーティストによるコンサートを近隣の方にも気軽に楽しんでいただける、メリハリのあるプログラムを用意しています。音楽公演と同じくらい地元のお客様が集まる公演と言えば、落語ですね。これらのどの事業にも共通して言えるのは、女性のお客様が大半を占めていることでしょうか。自然と女性客が多くなるのは、特に演劇公演においては、平日昼の公演本数が多いことが理由の一因だと思います。
昼公演の本数が多いのは、何だか意外なことのように感じます。
山海 最近、平日の昼公演が増えましたね。全国的にその傾向にあるようです。実際、チケットの売れ行きを見ても、夜よりも昼の方が盛況なんですよ。例えば、うちのシェイクスピアの公演でいうと、上演時間が3時間から4時間かかります。夜公演だと、18時に開演しても終演が22時前だったりするんですね。当然、家に帰るのはもっと遅くなってしまう。それならばと、観劇のために平日休みを取って、たっぷり昼公演を堪能する会社員の方も増えているのかもしれません。また、遠方から1日がかりで訪れるお客様もいらっしゃいます。混雑する週末を避けて、平日にチケットを取る方が効率が良いのかなと思います。
近隣から全国まで、様々な場所からお客様が訪れているとのことですが、公共劇場として心がけている、公演ジャンルのバランスなどはありますか?
山海 何かのバランスを取ろうとは考えていません。この劇場の特徴を出す公演を続けていきたいと思っています。また、芸術監督の蜷川さんは皆さんご存知のように、世界に誇れる素晴らしい演出家ですので、蜷川さんの創る作品は、常に彩の国さいたま芸術劇場のプログラムの中心にあります。蜷川さんの発案で2006年に発足した高齢者演劇集団「さいたまゴールド・シアター」は、平均年齢も75歳を超え海外からも稀有な存在として注目を集めていますし、2009年より活動を開始した若手演劇集団「さいたまネクスト・シアター」も目覚ましい実績を重ねています。
林 演劇公演では「彩の国シェイクスピア・シリーズ」、音楽公演では「ピアノ・エトワール・シリーズ」など、シリーズで取り組んでいるプログラムもあります。
林 「彩の国シェイクスピア・シリーズ」は、蜷川さんの演出・監修のもと、シェイクスピア戯曲全37作品の上演を目指して始まった企画で、今秋上演される『ヴェローナの二紳士』が31作目になります。1998年から続いているので、彩の国さいたま芸術劇場と言えばシェイクスピアと認知されるようになったと感じますね。
「ピアノ・エトワール・シリーズ」は、これからピアニストとして世界で活躍するであろう若い逸材の演奏会です。これからの時代に広く知られていくべき才能や、次世代の芸術を担っていくような若者が、存分に力を発揮できるような場所づくりも、我々公共劇場としての大きな役割のひとつだと考えています。
山海 世界レベルの芸術作品を企画・上演する一方で、劇場と地域の方々の繋がりや、子供たちと芸術の関わりを日常的に創っていくことは、公共劇場の大切な使命です。落語や定期的に無料で行う「光の庭プロムナード・コンサート」、音楽公演を近隣の小・中学校に持っていくアウトリーチ事業「MEET THE MUSIC」など、親しみ易いプログラムもたくさん生み出してきました。また、県内の高校演劇の大会本選会場も担っているので、演劇部の生徒や顧問の先生に向けた舞台技術の研修会も長く続けています。
林 数年前まで、学生割引を設けていましたが、最近はもう少し間口を広げて、「U25」という25歳以下向けの割引チケットを用意しています。チケットの販売有無や枚数、席種などは公演によって異なりますが、発売早々に売り切れてしまう演目もあります。開館から20年の積み重ねによって、これまで芸術にあまり興味のなかった若い世代にも関心を持って貰えているとしたら、それはとても嬉しいことですね。
彩の国さいたま芸術劇場の開館から約20年。地域と劇場の繋がりを実感するのはどのような時でしょうか。
山海 地元のタクシーの運転手さんが公演カレンダーをチェックして、終演時間に合わせて劇場前に待機してくれている時ですね。住宅街の真ん中にある劇場なので、オープン当時にはなかった現象です。(笑) 周辺に大きな商店があるわけでもないので、お店が賑わうようになったとか、目に見える大きな変化はありませんが、地元であるさいたま市との連携など、新しいことができるようになったと感じています。
例えば、歩道脇に演出家や俳優の手形レリーフが並んだ「アートストリート」は、市の事業のひとつです。また、歩道には、シェイクスピア戯曲の名台詞が埋め込まれています。これも劇場から駅まで続いていて、しかも夜になると光るんですよ。終演後の帰り道も、劇場の余韻に浸っていただける街づくりができているんじゃないかなと思います。
地域の方もたくさん座った、彩の国さいたま芸術劇場の客席。20年が経ち、何かお気づきのことはありますか?
山海 イスのボルトを取り替えるなど、安全のためのメンテナンスは開館以来欠かしていませんが、大きな劣化や故障は特にありません。ずっと評判の良い客席です。
林 私は身長が低いため、劇場によってはサイズが合わないこともありますが、ここのイスはどれも座り心地が良いと思っています。大ホールでの公演は4時間近いこともありますが、長時間座っていても疲れることがなく、集中して観劇できます。サイドの席からも舞台が見易いことも嬉しいですね。
山海 開館20年を機にリニューアルしても良かったのかもしれませんが、座り心地も快適で、改修しなくても大丈夫でした。(笑)
これからの劇場イスや客席に求められるものとは、一体何でしょうか。
山海 地域の高齢化が顕著なため、客席の中に手摺が欲しいという要望を聞きます。今はどこにも手摺がないので、スロープや階段など、歩くときにどこか手を掛けられるような場所があるといいなと思いますね。例えば、通路側のイスについては、背もたれの部分に手を置けるようなデザイン。劇場にはご高齢の方も多く足を運ばれるので、これからの劇場には大切なポイントになってくるような気がします。
あとは、地震に対する備えですね。大きな揺れがあった時、客席にいるお客様に対しては、頭を低く伏せてくださいとアナウンスをしたいのですが、客席の前後間隔は決して広くありません。伏せてくださいと言われても、屈むことさえ難しいのが現状だと思います。もちろん、毎日何百人という人が入る劇場として、安全な避難や誘導については常に考えています。しかし、本当に大きな地震が起きて何かが落ちて来た時に、その場で自分自身を守れるような環境の整備は、劇場に限らず必要なことだと思うんですね。例えば、ここまで屈めばイスの背の高さで落下物を防いでくれる、とか。何もない時には邪魔にならず、いざという時は助けてくれるイス。デザインとバリアフリー、そして防災、そんな3つが揃った機能的な劇場イスがあればいいなと思います。
貴重なご意見をありがとうございました。
最後に、彩の国さいたま芸術劇場の今後の展望について教えてください。
山海 アートストリート構想を始め、これまでもさいたま市との連携を図って来ましたが、今後我々に求められるのは、地域や周辺施設との、更に多角的な連携です。「芸術文化の殿堂」の地位を確立した草創の最初の10年、さいたまで創り世界に発信する創造劇場となった次の10年を経て、今、第3の創業期を迎えました。地域の方々が、この場所に劇場があることを今まで以上に誇りに思えるような、そんな劇場づくりを目指していきたいと思います。
取材:2015年9月24日
取材:広報企画部 M.N