青森県六戸町は、人口1万1千人弱。遠くに八甲田山を望む、のどかな田園風景が広がる町です。2025年4月1日、旧青森県立六戸高等学校の跡地に、県では初めてとなる義務教育学校「六戸町立義務教育学校六戸学園」が開校されました。町の小学校3校、中学校2校を一つの学校に再編し、9年間を一貫して行う教育を導入。開校初日に行われた開校式典には、学校関係者400名ほどが参加し、新たな学校づくりに多くの関心が注がれました。青森県産の材木を使用した木造3階建ての校舎には、学校のシンボルとなる大階段が設けられ、大・小ある大きい方のアリーナには、壁に収納できる幅約34mの移動観覧席を導入。別棟には町立図書館を併設するなど、たいへんダイナミックな造りの学校です。この春から、六戸町に住む約850名の児童生徒の新たな学校生活がいよいよスタートします。
学校開校にあわせ、六戸町教育委員会・教育課課長 長谷 智氏に、学校創立の背景や、地域と学校の関わりなどを伺いました。

六戸町教育委員会 教育課
課長
長谷 智 氏
六戸町の小・中学校が集約し、町の学校が一つに
――近年、全国的に小中一貫の義務教育学校がつくられていますが、2025年、青森県で最初となる義務教育学校が六戸町に開校しました。学校設立にはどのような背景がありましたか。

六戸町には小学校が3校(六戸小学校・開知小学校・大曲小学校)、中学校が2校(六戸中学校・七百中学校)ありましたが、施設の老朽化と子どもの数の減少といった課題がありました。町全体でみると少子化なのですが、それぞれの学校規模にバラツキがあり、子どもが3倍に増えている学校では増築を重ねる一方、学年8人の学校があるなど、町全体で平等な教育が出来ていないという現状がありました。地域を学区で区切ると、中学校に進学しても同じ仲間と過ごすので新鮮味もありません。これら個々の課題に対処するのではなく、学校を町に一つにまとめることが解決策につながるのではないか。そう思っていた時期に、町のほぼ中心にある青森県立六戸高等学校が閉校することになりました。そこで、立地条件の良い高校跡地を利用し、新しい学校がつくれるのではないかと考えました。六戸町にはもともと町全域にスクールバスが走っているので、学校が一つになっても全ての児童生徒が通学できるという良条件もありました。
――小・中学校を一つにまとめることについて、地域の方々の反応はいかがでしたか。
地域の方に事前にアンケートをとったのですが、学校新設には反対がほとんど無く、新しい学校に通わせたい、とても楽しみだ、と皆さんから良い反応を得られました。かつて合併を経験している小学校もあるので、学校が一つになることに抵抗を感じていない様子でしたし、学校全館に空調を完備することを大変喜んでくれました。適正規模、適正配置の在り方も考慮した計画をたてて当時の町長に報告すると、スムーズに話が進みました。親・子・孫の3世代が暮らす南学区地域と、新興住宅地の北学区が一つになることで、学区を越えた子どもたちの交流にも期待できます。また、学校を一つに集約することで、青森県ではじめて公共施設等適正管理推進事業債(※)を活用した事例にもなりました。
(※)総務省が発行する公共施設等適正管理推進事業債は、公共施設等の集約化・複合化、長寿命化、転用、立地適正化、ユニバーサルデザイン化、市町村役場機能緊急保全、除却といった事業に活用でき、地方公共団体が公共施設の適正な管理を推進するために有効な地方債
「4-3-2」のステージ制による9年間の小中一貫教育
――小中一貫の9学年を、4年、3年、2年に分配したのはどのような考えからですか。
六戸学園の学年区分は、1年生から4年生までが1stステージの学級担任制、5年生から7年生の2ndステージは一部教科担任制になり、中学校の教員が算数や英語の授業を行います。中学校の教員のなかには、2ndステージの生徒たちと学習することを楽しみにしている様子もみられます。8年生と9年生の3rdステージは、従来の中学校同様の教科担任制です。このように、小学校と中学校の境界を無くし9年間を見通す学習をすることで、学力の向上を期待しています。
――新しい校章をつくられたそうですね、公募だったと伺っています。

校章のデザインを募集し、249作品の応募をいただいた中から六戸町に住むグラフィックデザイナー、秋葉美早喜氏によるデザインが選ばれました。六戸町の木である「楓(かえで)」をモチーフに、「六」の文字は人型をイメージしています。明るく積極的に学び、多様な能力を活発に伸ばし、時代とともに変化する世の中にも調和し、賢く生きられる人間を育む学び舎となれるよう思いが込められています。
――新しい校歌は、先生方が作詞や作曲に関わられたそうですね。
作詞は、元六戸高校の校長で、青森県の教育委員会教育長を務められた和嶋延寿氏によるもので、作曲は元六戸中学校校長の秋元辰一氏によるものです。土地にゆかりのある方々が想いを込めてつくった校歌ですので、子どもたちが代々、愛着を持って歌い継いでほしいと思います。
施設一体型小中一貫教育を行う校舎は、全国でもめずらしい木造3階建て
――随所に木のぬくもりを感じられる、広々とした、たいへんダイナミックな校舎ですね。青森県産の材木を用いるなど、校舎が立ち上がるまでの背景をお聞かせください。

学校新設にあたっては、当初から木造3階建ての校舎をつくろうという構想があったため、青森市新市庁舎や県立の公共施設を手掛け、木造建築の実績も多い地元の八洲建築設計事務所に設計を依頼しました。また、地元の有志企業から材木の調達が可能になり、校舎の約9割の材木は青森県産の木が用いられました。建築に採用したLVL(※)と鉄のハイブリット構造は、たいへん丈夫で耐震力も高いので木造の3階建てを可能にしています。幸いなことに、材木業者の製材所が学校建設現場の直ぐ近くにあるため、木材の輸送がたいへんスムーズでコストダウンにもつながりました。工事期間は、六戸高校の解体から新校舎の完成まで2年間。木と鉄のハイブリット構造だからこそ、この短期間に工事が進み、しかも頑丈で立派な校舎が誕生したのです。
※LVL(Laminated Veneer Lumber)…丸太を単板にし、単板の繊維方向が平行になるように積層・接着した木質建材
――質の高い教育ができるよう工夫されたそうですね。

町に学校が一つになるため設備が一箇所に集中でき、そのぶん学校施設としての機能にもこだわりました。例えば、普通教室の全室に86インチの電子黒板を導入しました。電子黒板に書いた内容はデータで保存することができるので、必要な時にいつでも映し出すことができます。電子黒板を使わない授業では、スライド式に収納できるホワイトボードを使用します。また、生徒たちが探究型授業に活用するメディアルームには、最先端のICT環境を整えました。壁3面をプロジェクター6台から映写できるスクリーンにし、座ったまま移動して自由にコミュニケーションがとれる専用の椅子を導入しています。
――探究型授業では、どのような学習を行いますか。
生徒たちが興味をもったことに対してサークルをつくり、パワーポイントでまとめてスクリーンで発表したり、ホームページをつくって発信したりする学習に期待をしています。地域交流をはかる地域学校協働活動では、学校内に農園をつくり、日本一を標榜する六戸町特産のにんにくの栽培法を地域の方から教わりたいと思っています。その学習から、子どもたちが地域の農産業に興味を持ち、探究を深めることが出来るのではないかと考えています。やがてその探究が、新しい農法となり、ITやロボットを駆使した地域のにんにく生産促進につながるかもしれません。
――校舎は学年の垣根を越えた交流ができるように設計されているそうですね。

9学年の子どもたちが一緒の校舎で学校生活を送りますので、高学年のお兄さん、お姉さんは低学年に優しい接し方をすると思います。異学年交流が自然に起こるような大階段を学校の中心につくり、各フロアをつなぐ開放的なつくりにしました。多目的スペースもありますので、学年の垣根を越え、今後どのように子どもたちが交流していくかが楽しみです。
――学校図書の利用についても新しい取り組みをされたそうですね。
子どもたちに本が好きになってほしいと思っていますので、校舎内には学校図書館併用の町立図書館を設置しました。外光を取り入れた幅の広い普通教室の廊下には、学校図書が並ぶ本棚があり、座って本を読めるように椅子とテーブルを配置しています。子どもたちが借りたい本を専用アプリでリクエストすると、図書館司書により、その本が教室前の本棚まで届くシステムも導入しました。
アリーナには9学年すべての生徒が着席できる移動観覧席を導入
――アリーナは天井が高く、露出したLVLの構造が格好良いですね。必要に応じて展開・収納のできる移動観覧席とステージを導入していますが、その経緯についてお聞かせ下さい。
アリーナを広く使うことをいちばんに考えたときに、移動観覧席と収納できるステージを導入することで解決できるのではないかと考えました。従来の学校行事では、保護者用のパイプ椅子を準備し、生徒たちが教室から椅子を運ぶという手間がありました。移動観覧席は、その手間を省けます。パイプ椅子をステージの下に収納するのが従来のやり方でしたが、ステージは活動スペースを狭めますし、常に先生が演台から生徒を見下ろす体勢には違和感がありましたので、使い分けが出来るのも利点です。
移動観覧席、ステージ展開時
移動観覧席、ステージ収納時
――移動観覧席、ステージを実際にご覧いただきどのように思われましたか。

普段は授業や部活動でアリーナを広く使いたいので、移動観覧席とステージは私の一推しでしたが、想像していた以上でした。空間にきちんと納まり、短時間で収納されるので、とても良かったと思っています。六戸学園のアリーナは、設備を全て収納するとバレーボールのコートが3面取れる広さです。9学年の生徒が全て着席できる移動観覧席とステージは、式典、全校集会、学校行事、吹奏楽部の発表会など、様々な催しで活用していく予定です。今まで学校外のホールで行っていた芸術鑑賞会も、これからは全校生徒が一緒にこのアリーナで鑑賞できるので、今後の様々な活用が楽しみです。
六戸町の新たなシンボル「六戸学園」がいよいよスタート
――新学期を控える子どもたちは、新しい学校にどのような期待をもっている様子ですか。
子どもたちは新しい校舎に入ること、学区の違う新しい友だちに会えることを楽しみにしているようです。これからの未来を担う子どもたちがいきいきと学習し、安心して生活できるよう、町全体で見守っていきたいと思います。六戸町の学校が一つにまとまったことを受け、町を挙げてより手厚い教育を目指していきます。
――夢いっぱいの六戸学園での生活を、児童生徒たち、地域の方々が楽しみにされていることと思います。本日はありがとうございました。
「六戸学園」のインタビューを終えて

今回のインタビュー取材に伴い、六戸学園の開校式にも参加させていただきました。開校式典は学校のアリーナで催され、町長をはじめ、多くの来賓の方々、学校関係者の方々が参加されていました。式の終盤には、コトブキシーティングによる移動観覧席のデモンストレーションが行われ、観覧席が壁に収納される様子を多くの方々が見学していました。幅約34mものひな壇が、整然と壁に納まるシーンには私も驚かされました。いよいよ六戸学園の新学期です。子どもたちが目を輝かせながら、初めて目にする校舎に入る姿を想像し、わくわくさせられる取材となりました。
取材日:2025年4月
#六戸学園 #六戸町立義務教育学校六戸学園 #六戸町 #六戸町教育委員会 #アリーナ #移動観覧席 #ステージ #コトブキシーティング
関連リンク
【インタビュー】児童生徒の異学年交流が生まれる、木造3階建てのやさしい空間(六戸町立義務教育学校六戸学園)