固定席ホール×可動席ホールの組み合わせで多彩な演目に対応する地方の芸術文化施設

2018.10.02
事例特集

文化や情報発信の「東京一極集中問題」は、現代日本の大きな課題。しかし地方でも、芸術・文化活動は盛んに行われています。ホールや展示会場が多く存在する首都圏とは異なり、地方の芸術文化施設では、一施設が担うイベントや公演の種類が多岐に渡るため、ホールにもそれに対応する力が求められます。本格的なクラシックコンサートや大型のミュージカル公演から、地域住民のサークルや教室の発表会、講演会や展示会……。様々なイベントを行えるよう、規模の違うホールを複数持つだけでなく、一方のホールの客席を可動席にして、空間活用の自由度を高めた施設が、2010年以降急速に増えています。今回は、固定席のホールと可動席のホールの組み合わせで、様々なイベントで賑わう地方の芸術文化施設をご紹介します。

01空間コンセプトを変えた二つのホールで、上演する演目にメリハリを

仙台市宮城野区文化センター
パトナホール/パトナシアター

2011年の東日本大震災を経て、宮城県仙台市の復興の光を象徴する施設としてオープンを果たした、仙台市宮城野区文化センター。建設前の基本構想の段階から多くのワークショップを実施し、徹底的な「利用者目線」での施設づくりが行われました。ホールは区民にとって使いやすい規模を考えた、音楽が主目的の「パトナホール」と、演劇が主目的の「パトナシアター」の2種類です。パトナホールは384席、パトナシアターは198席。地域住民主催のイベントで使いやすい、コンパクトながらも充実した空間設計が特徴です。

音楽公演では、美しい響きはもちろん、静音性も問われます。そんなパトナホールのイスには、空調機能を付けました。一般的には床や天井に設置されるエアコンの吹き出し口をイスに設置。風が吹き出る音も静かなため、演奏中時の妨げにならず、快適な鑑賞空間を提供します。赤い張地とダークな木の組み合わせで、機能性を備えながら劇場の風格の漂う客席に仕上げました。

対してパトナシアターは、空間の印象が全く異なる、ブラックボックス仕様です。パトナホールはワンスロープ形式の客席でしたが、パトナシアターは、1列ずつステップのある階段状の移動観覧席。この客席は、リモコンひとつの電動操作で簡単に展開・収納ができるロールバックチェアースタンドです。イスがブラックボックス空間に沈みすぎないよう、張地はランダムに配色し、空間に奥行を持たせました。客席は収納すると後方壁内に納まるため、すっきりとしたフラットなスペースが生まれます。幅広いイベントに対応できる空間です。

複合施設として、ホールのほか、宮城野区中央市民センター、宮城野区情報センター、宮城野図書館、原町児童館も併設されており、仙台市宮城野区の交流拠点として、様々に活用されています。

02地域の特徴を客席で表現した、赤い大ホールと緑の小ホール

東広島芸術文化ホール「くらら」
大ホール/小ホール

学園都市として成長を遂げている、広島県広島市。演奏・鑑賞両面の環境充実を目指し、2016年4月、東広島芸術文化ホール「くらら」がオープンしました。施設の愛称「くらら」は、ホールが日本酒の銘醸地として有名な酒都・西条に位置することに由来します。酒蔵の「くら」のイメージをベースに、音楽を楽しみたいという願いが込められています。

大ホールは客席が4層からなる、1,206席のコンサートホールです。すべての層にサイドバルコニー席を備えた、クラシカルな雰囲気が特徴です。舞台と客席の壁・天井が連続した形式となるコンサート用の音響反射板を使用すれば、本格的な音楽ホールに。反響板を収納すると、客席とステージの境界線が明確に描かれたプロセニアム式のホールに変わり、緞帳やオペラカーテンなどの幕をを利用した公演が上演可能になります。イスは、施設の愛称と同じく、酒の都をイメージした特別なデザイン。蒸気が立ち昇るようなイメージで、背もたれに優美な曲線を描きました。クラシカルな意匠と赤い張地が、客席空間に音楽ホールらしさをもたらしています。楽団のクラシックコンサートだけでなく、歌手の音楽ライブ会場としても活用されています。

小ホールにも音響反射板が備わっており、ピアノ発表会や室内楽コンサートなど、小規模編成の音楽公演に対応できる仕様。イベントに応じて席数の規模を調整が可能です。例えば、後方8列は階段状に並んだ移動観覧席、その前にスタッキングチェアを6列を並べると、最大席数は305席。スタッキングチェアの前3列を収納し、スタッキングチェアが並んでいた床をステージの高さまで上げれば、ステージスペースが広い245席の空間に変化します。全てのスタッキングチェアを収納すると185席に。移動観覧席も収納すると、バルコニーだけにスタッキングチェアが残り、1階席を見下ろして鑑賞するようなイベントも開催可能になります。どのイスも東広島市のシンボルカラーの深い緑色をベースにしたテキスタイルが張られています。

西条駅から徒歩圏内と立地も良く、県内の他の市からも多くの人が集まる芸術文化ホールです。

03客席に共通するのは、市の思いが詰まった「ゆとりある席づくり」

安来市総合文化ホール「アルテピア」
大ホール/小ホール

2017年9月、文化芸術活動とまちづくりの拠点を目指して、安来市総合文化ホール「アルテピア」が誕生しました。島根県安来市は、鳥取県米子市に面しており、これまで大型の演目がこの地域で上演される時には、1,120席の米子市公会堂選ばれるケースが多く、安来市民は県を跨いで鑑賞に出掛けていました。アルテピアの誕生によって、安来市での公演が増え、街の活性化にも大きく寄与すると期待が寄せられています。

大ホールは1,008席、小ホールは最大300席。規模の違うこの二つのホールに共通しているのは、建設に携わった市の担当者の「座るひとりひとりが快適に過ごせるように」という思いが具現化した、イスです。

大ホールのイスの座席の幅は530ミリ、席と席の前後の距離は約1メートルと、1席あたりの空間に大きなゆとりがあります。空間を詰めて席数を多く確保することではなく、鑑賞する時間の心地よさを最優先に設計しました。ゆとりと合わせて大切なポイントとして掲げられたのが、バリアフリー。立ったり座ったりする時に欠かせない「足を引く」動作をスムーズにするため、着席した時に膝裏にあたる座の先端部分を細く設定。また、1階席後方と2階席の通路側の席には、階段の昇降を手助けする「手掛け棒」も付けました。

小ホールの客席は、電動で収納・展開ができる移動観覧席と、スタッキングチェアが並んでいます。移動観覧席に搭載されたイスは、幅520ミリメートルと、ロールバックチェアースタンドの中でも最大級のゆとりがあるサイズ。ボリュームのある背と座のクッションと、人間工学に基づいて設計された三次元形状の背もたれが、座り心地のフィット感を高めています。「収納式の客席だからこそ、仮設イスのような印象は出したくない」という、スタッフの強い思いが体現されました。全ての席を収納すれば、フラットな平土間スペースが出現。選挙の開票場や市主催の婚活パーティーの会場など、オープン後から多彩なイベントが開催されています。

いずれのホールでもゆったりと演目を楽しめる、観る人に優しい文化ホールです。

※この記事は、過去に掲載した納入事例記事をテーマごとにご紹介しています。

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