学校施設の音響環境について

2014.07.07
インタビュー

株式会社永田音響設計 代表取締役社長 池田覺氏。1971年、永田穂氏によって創設され、以来、建築音響コンサルティングのパイオニアとして「音環境づくり」に取り組み、数多くの実績を築いてきた永田音響設計。ホール、劇場をはじめ、学校施設からスポーツ施設、会議場、教会、議場、展示場、住宅等、多くの建築空間の最適な音環境作りに積極的に関わり、さらに高い次元からの「よい音づくり」を目指しています。そのような中、今回は、成長期における子どもたちのための“音”にまつわる豊かな学校教育・学校生活実現に向けた設計にも多く携わっている池田氏に、その考え方やあり方を伺いました。

1971年、永田穂氏によって創設され、以来、建築音響コンサルティングのパイオニアとして「音環境づくり」に取り組み、数多くの実績を築いてきた永田音響設計。ホール、劇場をはじめ、学校施設からスポーツ施設、会議場、教会、議場、展示場、住宅等、多くの建築空間の最適な音環境作りに積極的に関わり、さらに高い次元からの「よい音づくり」を目指しています。そのような中、今回は、成長期における子どもたちのための“音”にまつわる豊かな学校教育・学校生活実現に向けた設計にも多く携わっている池田氏に、その考え方やあり方をお話いただきました。

株式会社永田音響設計 代表取締役社長 池田 覺氏

求められる音響性能

学校の施設には、一般の普通教室から視聴覚教室、音楽教室、図工室等の特殊教室をはじめ、図書室、体育館、講堂などの諸室がある。これら教育施設においては比較的長い時間の授業、講義等に対して、話しやすく、話が聞き取りやすいという音環境が最も重要となろう。このためには、室内の静粛性、室内音響的な響きの処理、また、大教室、講堂、体育館等のような大きな空間では安定性の高い拡声設備による十分な音量、良好な音質、その均一性状等が求められる。学校施設においても、より機能的、より快適な建築空間が求められており、その使用目的から音環境にも配慮した建築、設備的な対応による相応しい「静けさ、よい音、よい響き」が必要と考える。

静けさの確保:建物内外からの騒音の遮断

室内の静粛性確保のための対応は、敷地における外部騒音によるものだけではない。児童、生徒自体、あるいは音楽、工作、体育等の活動に伴って発生する学校内の様々な音も、場合によっては騒音となるからである。
交通騒音等の増加に伴う周辺の悪化する音環境、また、校庭、運動場、体育館に近接する住宅への配慮等々、施設周辺の環境は益々深刻になっているが、環境条件だけでの敷地選定が許されない学校施設では、それらの環境の変化に対して何らかの対策が求められている。距離による音の減衰を前提とした建物、各室の配置計画から建物の遮蔽効果、開口部の遮音性能の強化など、より積極的な施設側での対応が必要となろうが、採光、換気のための開口部の大きな空間だけにその機能を維持しつつ、遮音効果の高い音響計画が鍵を握る。

よい響きの実現:響きの制御

教育システムの高度化、教育改革から高齢者学習といった生涯学習、地域との連携等まで、社会の変化にも対応した質の高い教育施設が求められているが、これらの施設においては話しやすい、聞き取りやすいという音響性能が基本となる。
その実現にはフラッターエコー、音の集中など室の形状に起因する音響障害が生じないような形状、吸音性の仕上げの採用と、響きの制御のための内装仕上げの選定、その配置が重要となる。大きな平行面や凹面構成のある室形状では音響障害が生じやすく、室形状の検討から内装仕上げの配置等により好ましくない障害を回避する必要がある。響きに関しても、ある程度まで室内騒音が抑えられている環境では、多少響きのある方が話しやすいが、周辺環境の悪化の現状を考えると、少しでも響きを抑えた空間が望ましくもある。吸音処理のない残響過多の空間では音声の明瞭さは得にくいし、過度の吸音は話しづらいということにもなる。昔の木造校舎では響きすぎるということはなかったように記憶している。最近のようなコンクリート造の校舎では響き過ぎることから子供の声が大きくなり、その悪循環で益々うるさくなったということも聞く。また、多目的ホール並みの性格が実態の学校講堂、体育館は話しやすい、聞き取りやすいというだけでは済まされない。様々な学内行事におけるスピーチ、台詞等の明瞭さとともに、音楽のための豊かな響きも求められるからである。その使用目的を明確にすることが適切な響きを実現するためのスタートとなる。

よい音による支援:拡声設備等の充実

電気音響設備は主たる拡声から、一般放送、音楽・効果音の再生、記録・録音、運営・連絡等の機能をもつが、学校施設では音声の拡声と情報伝達のための一般放送が中心となろう。しかし、施設の高度利用、地域との連携等からの多様化によって、公共のホール、アリーナが持つような機能、性能までも求められたりもする。
小さな教室では肉声でも問題なく、室内騒音がかなり大きな環境でない限り拡声装置としての電気音響設備は必要としないが、大教室、講堂、体育館、運動場等の大きな、広いエリアを対象とする場合、欠かせない設備である。大きな建築空間では電気音響設備が音響の要でもあり、その性能が音環境を左右するとも言える。電気音響設備による適切な音量と音質、その均一さ、そしてそれらの安定性によって、はじめて話しやすく、聞き取りやすいという性能が実現できる。そのためにはマイクロホン、音響調整用機器、電力増幅器、スピーカなどの適切な機器構成とその選定、建築条件に適ったスピーカの設置、そして、一般の電気設備という認識以上の聴感的な確認を含めた総合調整が重要となる。

講堂、体育館等の集会スペースの音環境について

以上のような「静けさ、よい音、よい響き」についての配慮がまだまだ必要であろう学校施設であるが、学校というイメージ先行の画一的な様式、形態、構成からか、音環境についてはこれまでどおりの不都合、支障が生じない程度に止まっているようにも思える。多感な成長期の子供達に対して、日常的な生活の場でもある学校施設は、より機能的で、より快適であるべきであり、環境が与える子供達への影響を考えれば、早急に取り組むべき課題でもある。
とくに、講堂、体育館は他の諸施設に比べその空間も大きく、しかも多様な用途に対応しなければならない施設である。にもかかわらず、コスト、構造、仕上げ強度等の制約からか、満足のいく音環境とは言い難い状況にある。教室を繋いだ大教室を集会場兼発表会場とした時代から、今は大人数を収容できる屋内運動場の体育館が、入学式、卒業式をはじめとする体育以外の式典・集会、講演会、学芸会、各種の発表会等の学内行事のための会場として利用されている。確かにステージ付きで、舞台と客席という構成はとれているようには見えるが、多目的ホールにも匹敵する学校講堂の性格を十分に満たしているとも思えない。本来あるべき姿として、講堂と体育館がそれぞれの機能をもって計画されていたり、多目的な使用を前提とした講堂や体育館もみられたりはする。
しかし、体育館といえば音の悪い施設というイメージが定着している。それは体育館が、収容人数からだけで、音響的な配慮を必要とするような芸術、文化的な用途にまでも多用途に使用されているからである。体育館は大きな建築空間でありながら、コスト、建築的な制約からの過小な吸音処理と、貧弱な電気音響設備、さらに、構造計画上からの天井形状等に起因する。音響障害などがその理由と考えられる。また、講堂では、スピーチを主体とした使用が前提となるが、クラシック音楽等に求められる豊かな響きと式典・講演会、演劇等のスピーチ、台詞の明瞭さというこの相反する室内音響条件に対しての多目的使用に対する工夫が求められる。
講堂、体育館が公共の多目的ホール並みとはいかないまでも、芸術、文化を育み、より豊かな学校生活が営まれる施設として進化、再生されていくことは技術的にはそれほど難しいものでもなく、その期待も大きいものと考えている。未来ある子供達が主役となる施設の更なる誕生を期待するとともに、その拘りに着目したい。

参考文献:「学校施設の音響環境保全基準・設計指針」 日本建築学会編集2008年

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