ホールの空間を大きく印象付ける張地に注目
地域の特色を織り込んだ、市の文化ホールの客席づくり【赤い劇場・ホール編】

2019.11.24
事例特集

劇場・ホールの新築やリニューアルにあたって、欠かすことができない「客席づくり」。客席のイスを選定するにあたって、その座り心地が大切なことはもちろんですが、最近は付加価値を重要視して、意匠に力を入れる施設も増えています。その一つが、オーダーメイドのテキスタイルデザインです。客席に整然と並ぶイスが創り出す印象は大きく、そのイスの中でもひと際存在感を放つ張地には、色や織り、質感、模様など様々な工夫を凝らすことができます。地域に縁のあるモチーフに取り入れれば、地元の特色を表現することも可能です。客席空間へ足を踏み入れた時、座席を探す時、そんなふとした瞬間に、劇場が持つ地域性に思いを馳せることができるのです。今回は、地域の特色をイスの張地にデザインした、市の文化施設をご紹介します。

01北の大地に垣間見える文化と伝統を表現

札幌文化芸術劇場 hitaru

札幌文化芸術劇場 hitaruは北海道初となる多面舞台型の劇場です。3層のバルコニーで構成されたプロセニアム形式の2,302席で、国内外の優れた舞台芸術やさまざまな公演を鑑賞できます。

客席に並ぶのは、張地のデザインから座り心地まで劇場のスタッフが徹底的にこだわった札幌文化芸術劇場のためのイスです。設計時には、硬度の異なる様々なウレタンを用意し、モックアップで座り比べを実施しました。体に優しいシートラインを追求し、男女や体格に偏りが生じないように、多くのスタッフが参加しました。

クッションの張地は、自然の風景の中に垣間見える文化や伝統を表現しました。
本格的な劇場に相応しい華やかな赤い張地は、遠くから見ると、イスの張地全体にグラデーションがついているように見え、雄大な北の大地やその風景を思わせます。一方、近づいてみると、北海道の風土や伝統文化を感じさせる文様をモチーフにした柄が、のびやかに横たわる1本のラインのように織り込まれていることがわかります。青・緑・黄の緯糸が織り込まれた玉虫色の張地の中に浮かび上がる、奥行と深みのある色彩感が特徴的です。

背板は北の大地に根を張るように力強く直線を、肘掛と脚部は着席する人を包み込むかのような優しいカーブを描いた、緩急のある繊細なデザインです。肘掛の先端部は、面取りを施した繊細な形状です。掌が最も接する部分のため、触り心地の柔らかさ・優しさにこだわって、試作を何度も重ねてつくりあげました。

02小江戸の粋「川唐」がホールの気品を一層高める

ウェスタ川越

2015年3月、江戸時代に城下町として栄えた埼玉県川越市に「ウェスタ川越」が誕生しました。コンサートや講演会など多種多様な演目に対応可能な大ホールの席数は1,712席で、川越市最大の収容人数を誇ります。オペラ・クラシックコンサート・バレエ・演劇のみならず、能・狂言・歌舞伎・日本舞踊にも対応できる、最新鋭の舞台機構や照明・音響設備を整えました。

張地は川越唐桟をイメージして、赤系をベースに、古い町並みをイメージした藍色、川越唐桟の糸色である紺や黄土色を織り込みました。川越唐桟とは、江戸時代から川越で織られている木綿の縞織物のことで、江戸の粋として流行して以来、「川唐」の愛称で親しまれてきました。ホール壁面のデザインと呼応した縦縞と、緻密で繊細な織り目が、より一層ホールの気品を高めています。

真っ直ぐに伸びた背もたれには、人間工学に基づいた三次元曲面のクッションが付いています。座面は、体圧を分散させて長時間の着座でもお尻が痛くならないように配慮しており、着席者の身体全体を均等に支えます。また、人の手に寄り添うような曲線を描く肘掛けが柔らかな印象を加えています。

03シンボルの花がおもてなしする鈴鹿市の文化交流拠点

鈴鹿市民会館

三重県にある鈴鹿市民会館が改修されました。客席のイスは、前回の改修工事時に入れ替えが行われてから約30年が経過しており、機能的な劣化や痛みが顕著でした。そこで今回、客席の全面的なリニューアルに踏み切りました。

張地に採用されたのは、摩耗に強いモケット調の素材です。デザインには市のシンボル花であるサツキを取り入れています。サツキの花が波打って流れていくような印象的なデザインは、市のキャッチコピーである「さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり」に感じられる山並みや海の波がイメージされています。

薄く成形した背板は、人間の背骨に沿って緩やかなカーブを描いた三次元形状です。背もたれへのフィット感が増しただけでなく、後ろの席に座る人の膝回りの空間に余裕も生まれました。座には、改良を重ねた波形スプリングと、型崩れしない高密度のモールドウレタン成形品のクッション材を使用し、座り心地の向上も図っています。

脚部は従来の連結管方式から頑丈なスチール製の独立脚方式へ変更し、隣席の振動を最小限に抑制。堅牢性が大きくレベルアップしました。

04京都発祥の「琳派」をテーマにした歴史を感じる客席

ロームシアター京都 メインホール

2016年1月、ロームシアター京都が開館しました。メインホールは、2,005席。客席のイスは、ロームシアター京都のためにデザインした、特注品です。着席した人の背中を優しく抱きしめるような、背もたれの緩やかなラインにこだわって製作が進められました。木部の色は、ホール空間に華やかさと重厚感を与えるダークトーン。張地がより鮮やかに際立つカラーです。

張地は、市の施設担当者と設計の香山壽夫氏、テキスタイルを専門とするデザイナーの下、製作が進められました。テーマは、代表作である「風神・雷神図屏風」を中心に名を知られる、「琳派」です。

イスの張地に描かれた図案は、京都発祥の「琳派」に見られる芒(すすき)から着想を得た、香山氏によるドローイング「夕陽の芒原(すすきはら)」を基としています。金色の穂が風に揺れるような美しい色合いと動きを創り上げるため、ベースであるモケット調の朱色の生地を抜色し、そこに新たに色を乗せています。穂の線の太さや色は、バランスを少し欠くだけで、客席全体のイメージを赤系統から黄系統へと変えてしまう可能性もあり、細やかな打ち合わせが何度も行われました。

※この記事は、過去に掲載した納入事例記事をテーマごとにご紹介しています。

※鈴鹿市民会館は、2020年4月1日より「イスのサンケイホール鈴鹿」へ名称変更されています。ここでは記事公開時の呼称をそのまま使用しています。

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