楽屋を訪ねてvol.05THEATRE E9 KYOTO 蔭山陽太(支配人)

2019.08.06
インタビュー

THEATRE E9 KYOTOは、助成金などの公的な資金に頼らず、クラウドファンディングなど一般からの寄付金を活用し2019年6月に開館を果たした、民間の小劇場です。「100年続く劇場」を旗印に掲げるTHEATRE E9 KYOTOの支配人 蔭山陽太氏へインタビュー。蔭山さんご自身の経験から考える「劇場と地域」や、客席づくりに欠かせないお客様目線の観点について、お話を伺いました。

劇場・ホールで活動するアーティストや団体を訪ねて、客席のイスをはじめとした劇場についてインタビューを行う『楽屋を訪ねて』の第5弾です。

THEATRE E9 KYOTO 支配人
蔭山陽太氏

1964年、京都市生れ。大阪市立大学経済学部(中退)。在学中の86年から90年、札幌市内の日本料理店にて板前として働いた後90年〜96年「俳優座劇場」劇場部。96年〜2006年「文学座」演劇制作部、後に同企画事業部長。06年〜10年「まつもと市民芸術館」プロデューサー兼支配人。10年〜13年「KAAT 神奈川芸術劇場」支配人。13年〜18年「ロームシアター京都」支配人兼エグゼクティブディレクター。現在、「THEATRE E9 KYOTO」を運営する一般社団法人アーツシード京都、理事。98年、文化庁在外研修員(ロンドン)。

――THEATRE E9 KYOTOの建設経緯について教えてください。

京都には昔からたくさんの小劇場があり、国内外で活躍する舞台芸術のアーティストを長年にわたって輩出してきました。私は二十代の頃、東京の俳優座劇場からこの世界に入ったのですが、毎月のように京都に来ては面白い劇団を探し出し、東京での上演を打診する仕事をしていました。ですから私にとっての京都は、この劇場に繋がるきっかけでもあり、恩ある土地でもあります。

京都に住み始めたのは、ロームシアター京都を立ち上げるためにやって来た、6年前のことです。当時の私は、ロームシアター京都が、京都全体の舞台芸術の創造インフラのような役割を果たせる状態になると期待していました。ところが3年程前に、京都の小劇場の中心的な存在だったアトリエ劇研がなくなるという話をディレクターのあごうさとしさんから聞いたのです。それ以外にも数年の間に五つの小劇場が相次いで閉鎖したのですが、理由はいずれも、オーナーの高齢化や建物の老朽化。どの劇場も、使う人がいなくなったわけではなく、フル稼働していました。

舞台芸術に関わる若い人たちが最初にチャレンジする場所である小劇場が、なくなっていく。これは京都の舞台芸術界全体の危機であり、すぐに新しい劇場が必要だと思いました。同じように感じる舞台関係者も多く、何とかしなければと一緒になってプロジェクトを立ち上げ、そのために一般社団法人をつくりました。

――THEATRE E9 KYOTOが建てられたのは、京都駅の南側の東九条地域です。この場所はどのように決まったのでしょうか。

物件をいろいろ探しましたが、100席程度のブラックボックス空間が確保できて、大きな音も出して良い場所は、なかなか見つかりませんでした。そんな時、知り合いの不動産会社の社長さんから紹介してもらったのが、今の劇場です。当時は倉庫として使われていましたが、30年ほど前までは工場だったそうです。見に来た瞬間、ここしかないと思いました。100席入る、近隣には住宅が少ない、鴨川に面している、京都駅も近い。

最初は、皆で黒く塗ればすぐ使えるなと簡単に考えていたのですが、なんとそのエリアは住宅専用地域のため、劇場は建てられないという規制がありました。何か方法はないかと京都市に問い合わせたところ、建築審査会に特例申請を出して承認を得れば良いことが分かりました。ところが今度は単に書類を書けばいいのかと思ったら、設計士さんなど専門的な方にお願いする必要があり、必要な費用は1200万円。無理だなと思いましたよ。でもこの物件以外に考えられなかったので、正面突破するしか方法はありませんでした。そこでクラウドファウンディングに賭けてみることにしたのです。

京都駅直近の東南部エリア、東九条の鴨川沿いに位置するTHEATRE E9 KYOTOは、2階建ての倉庫をリノベーションして誕生した。

――クラウドファンディングでの挑戦、いかがでしたか。

いろんな人に声を掛け、締め切り1週間前に、手数料を加えた目標額1400万円を突破し、最終的に集まった金額は、なんと1900万円余り。幅広い年齢層の方から、京都だけでなく日本全国、海外からも寄付がありました。若い頃よく観ていたとか、舞台に立ったことがあるとか、コメントを寄せてくださる方も多くて、小劇場がなくなることへの危機感は私たち関係者だけのものではないことを実感しました。

でも正直なところ、この金額が集まった時は、重たい雰囲気になりましたよ。もう逃げられない、あとには戻れない、やるしかないという状況ですね。建築審査会も、審査・公聴会・さらに審査とステップがあり、申請書を出しても認められるかどうかわからなかったので、長期間に渡って非常に緊張感がありました。審査を突破して、そこからがある意味本当のスタートだったと思います。

――その後、地域住民の方への説明会を実施したそうですね。

実は物件を見つけた時から、地元の方々へ「劇場を建てたい」と話をしてきました。「建てます」ではなく「建てたい」という話を。東九条という地域は、多文化共生のまちづくりを掲げていて、性別や年齢、国籍、障害の有無に関係なく、みんなで一緒に暮らせる町を目指しています。そういうものを大事にしてきた地域だからこそ、劇場という「異文化」をも受け入れてくれたのだろうと思います。最近、住民説明会というと何かしら反対が出てくるイメージがあると思いますが、多くの人が楽しみにしていると声をかけてくださるので、嬉しいですね。

――「小劇場」という文化に馴染みのある方が多かったことも、背景にあるのでしょうか。

いや、ピンと来ない方の方が多かったですよ。「コンサートやるの?」「有名人が来るの?」という反応が大半でした。

劇場に対して持っているイメージも千差万別ですから、まずは、大きな劇場ではなく100人程度の規模ですというところから話を始めました。テレビに出演している有名人が来る場所ではなくて、むしろ、これから活躍する人たちのための場所。ここで頑張っていた人たちが、いずれ近い将来、誰もが知るような活躍をするようになり、「私は東九条の劇場でスタートして地域の皆さんに育てられました」といった話をするかもしれない…。そんな劇場がある町のイメージを語ることで徐々に理解をしていただきました

――地域全体で芸術活動をサポートするという考えに、共感してくださったのですね。

いままでの小劇場は、いわゆる迷惑施設でした。なくなる時に地元から惜しむ声はなく、むしろせいせいしたとか、静かになっていい、みたいな。でも私たちはここを100年続けたい。続けようと思うなら、地域の方々に支えてもらえないといけません。

個人的な経験で言いますと、まつもと市民芸術館に支配人として赴任することになって、初めて「劇場と地域」というものを意識するようになりました。劇場は、開演時間に間に合う人しか来ることができません。そして終わったあとは、家までたどり着かなければなりません。ということは、劇場に来ることができる人の範囲は、とても明確なのです。

大きな劇場だと、建ってしまうと動かないまま何十年と続きます。そこで生まれて育っていく、住人みたいなものですよ。私は、劇場には人格があると思っています。新しい劇場は、生まれたばかりの赤ちゃんみたいなもので、まずは誕生をみんなに祝福されて、それから、こんなことやっちゃいけないとか、もっとこうしなさいとか、よくやったねとか、叱られたり褒めたりされながら大きくなっていく。そうして、住民のひとりとして長く続いていく。それが劇場の幸せなのです。私は、そうではない不幸な劇場をたくさん見てきました。だからこの劇場は、東九条の住人のひとりとして、産声を上げる前から楽しみにしてもらえる存在でありたかった。

できるだけ多くの方に観に来ていただきたくて、劇場を応援していただく支援会員制度を設けました。年会費3万円で、年間すべての公演を観ることができる制度です。今年はオープニングということで、劇場の地元に住んでいる・通勤している方には、1万円で入会をご案内しています。

ブラックボックス型の小劇場、THEATRE E9 KYOTO

――地域の方に気軽にお越しいただくためにも、客席づくりに力が入ったかと思います。

はい。座り心地は作品の評価に影響するので、今回劇場をつくるにあたって、客席には絶対にこだわりたいと最初から思っていました。

演出の自由度を高く設定する小劇場では、客席を演目によってつくりかえるので、折りたたみ式やスタッキング式のイスが基本となります。丈夫で耐久性があって扱いやすいイスは、昔に比べたらいいものが揃っているという実感はあるのですが、結局、終演後のアンケートに並ぶのは「座り心地が悪かった」「あんなイスに2時間も座っていられない」というコメントの数々。だからこそ今回心がけたのは、お客さま目線でのイス選びです。

――「お客様目線でのイス選び」とは、具体的に何がポイントになるのでしょうか。

劇場は何より表現者にとっての場所ですから、舞台空間の環境づくりに重点が置かれます。公共劇場を建てるとき、設計者や舞台機構などハード系の専門家が必ず入りますが、運営者が関わるのは最後です。そうすると、お客様の目線が疎かになるのです。ハードのことは考えても、ソフトのことを考えていない。その一つの現れが、客席だと思います。大ホールのイスだと、設計者もこだわりが出ますが、それはあくまでも色とか形とかデザインの面。本当に大切なのは座り心地ですよね。

小劇場では客席のイスは重さや収納といったスタッフの扱いやすさを重視するあまり、観客にとっての座り心地という視点は軽視されがちです。でもイスの真価は、座ってみないとわかりません。今回は、まずコトブキシーティングさんのショールームでたくさんのイスに座って、これしかないねと決めました。お世辞抜きに、本当にこれにして良かったと思っています。先日の劇場のこけら落とし公演のお客様や、見学に来た劇場関係者も、こぞって「イスの座り心地がいいね」と声をかけてくれました。こちらから聞いてもいないのに、こんなにイスのことについて言及されることはないですね(笑)

――ありがとうございます。この導入の決め手になった点があれば、教えてください。

ブラックボックスタイプの劇場で大切なことは、真っ暗なステージに一筋の光が入るだけで、イメージが広がっていく空間。その時に観客の想像力を妨げないイスが必要でした。例えば、ここに立派な肘掛がついた華やかなイスがあると、客席と舞台が分離してしまいます。このイスは、「劇場空間の一体感」というコンセプトに、ぴったりのイスでした。

そして何と言ってもこのクッションですね、見た目よりボリュームがあって座り心地が良い。あとは背もたれの角度でしょうか、納まりが良い。包まれるような感じだと言っている人もいました。

ぱっと見は何の変哲もないから、みんな値段を聞いてびっくりしますが、「劇場のイスと事務用のイスは違いますから」と説明をしています。イスにお金をかけることが難しい小劇場は少なくないと思いますが、悪いイスはお客様を減らすので、イスへの初期投資は経営的に正しいと言えるでしょう。特にコトブキシーティングさんのイスは耐久性も保証されているし、最初に思い切ってお金をかけることは、お客様を増やすことに繋がると思います。

――コンテンツの発信だけでなく、地域との繋がりや、施設づくりといった面でも、小劇場界をリードする存在になりそうですね。

リードなんておこがましいですけど、いろんな人に支えられて誕生したので、その恩返しをできるようになりたいですね。私たちはこの2年間、「民間劇場における公共性とは何か」を大きなテーマにシンポジウムを幾度か開催してきました。日本では主に「パブリック」とは「おおやけの」「公立の」と訳されますが、本来は「市民の」「大衆の」という意味です。公立でないものはパブリックではないように捉えられがちですが、そもそも劇場とは、地域や広く市民に対して開かれた場であり、パブリックなものなのです。そういう一つの有り方を、小さな劇場ではありますが、存在そのもので伝えていきたい、広げていきたいと思います。

――ありがとうございました。

取材日:2019年7月
取材:広報企画部 M.M

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