客席の印象はそのままに、レベルアップ!「変えない」リニューアルを実現した、劇場・ホール

2019.06.22
事例特集

老若男女、多くの人が集まる劇場・ホールの一生のうち、数回は必要になるリニューアル。快適な環境を整えることはもちろん、安心・安全に舞台芸術を楽しむためにも、適切なタイミングでの改修は必要不可欠です。しかしイスの総入れ替えや、異なる生地への張り替えといった客席の改修は、リニューアルを強く印象づける一方、長く愛されてきた劇場・ホールの雰囲気を大きく変えることにもなります。新しい空間を生み出すか、これまで培ってきた空間を継承するか。今回は「変えない」リニューアルに踏み切った、都内の劇場・ホールをご紹介します。

01開館30周年、3度目の大規模リニューアルのテーマは「伝統の継承と革新」

サントリーホール

「世界一美しい響き」を基本コンセプトに掲げた、日本を代表するクラシック・コンサートホールの一つ、サントリーホール。5周年ごとに中規模リニューアルを、10周年ごとに大規模リニューアルを実施しています。2016年に迎えた開館30周年には「伝統の継承と革新」というコンセプトを柱に、大規模な工事を行いました。コンセプトに沿って立てられた三つのテーマ「伝統の継承 ― 響と意匠」「ダイバーシティデザイン ―すべてのお客様のために」「設備のさらなる充実 ― 次世代音楽空間創造へ」に基づいて、客席・舞台・照明やエントランスなど、改修箇所は全館に渡りました。2,006席の客席が直面したテーマは「伝統の継承 ― 響と意匠」です。竣工時と変わらぬ素材と見た目を維持しながら、繊細なリニューアルが求められました。

客席のイスで最も目を惹く印象的な特徴は、ヴィンヤード形式にちなみ、ワインレッドで彩られた、ぶどう柄のオリジナルデザインです。新しく製作し直し、張り替えが行われました。

イスの背・肘・脚にふんだんに使われている天然木は、ひとつひとつのパーツの細かな傷が補修され、磨き上げ再塗装されました。真っ直ぐに伸びた背もたれに張ったクッションも、中のウレタンが入れ替えられたことで、オープン当時と変わらないボリュームが復活しています。

イスに少しの変化が生じれば、吸音や反響の度合いが変わり、ホール全体の音の響きに大きな影響を与える可能性があるため、最新の注意が払われた客席のリニューアル。変わらぬ「世界一美しい響き」が、今日もホール全体に響き渡っています。

撮影協力:サントリーホール、NHK交響楽団

02全席入替でも「帝国劇場」のイメージを継承する、細やかなリニューアル

帝国劇場

帝国劇場は、日本初の西洋式演劇劇場として1911年に開館。以来、オペラやミュージカル、歌舞伎など、さまざまな舞台芸術が上演され幅広い年代の観客に親しまれてきました。過去には、関東大震災などを機に2度建て替えが行われています。現在の建物が竣工したのは1966年、それから約半世紀が経過した2018年、ホスピタリティを高めるべく、大規模なリニューアルが行われました。場内のトイレやカーペットなどの更新に加え、客席も一新されています。改修のテーマは、これまで帝国劇場が培ってきた空間の印象を継承すること。イスは全席入れ替えを行いながらも、帝劇を象徴する気品のある紫色や収容人数を引き継ぎ、イメージを変えないことを徹底しました。

イスは、背もたれから脚部・肘当の先端までテキスタイルで張り包んだ仕様です。従来のイスを踏襲した、日本の劇場・ホールでは珍しいこのデザインは、欧州の劇場ではメジャーなスタイル。客席全体の高級感を高めているポイントの一つです。テキスタイルは、既存イスと同じ素材の手配はできないながらも、客席のイメージが変わらないよう、色の再現を試みました。これまでと同じモケット調の張地を用い、座った時の肌触りも受け継いでいます。

新たな試みとしては、真鍮製のナンバープレートの文字色は、張地の紫色に揃えたこと。席番号を記した文字は、ロビーや扉に使用されているフォントに倣って、西洋劇場らしさの観点から選び抜きました。既存のフォントよりも視認性を向上しつつ、内装との調和を図っています。

一見しただけではわからない、座ればわかる、リニューアル。新しいイスの豊かなクッションは、帝国劇場を愛するリピーターのみなさんにも好評です。

03リユースとリニューアルで開館当時の美しい劇場空間を再現

日生劇場

1963年9月、日本生命保険相互会社の創業70周年を記念して建てられた、日本生命日比谷ビル。地下5階地上8階建てのビル中にあるのは、1,334席の日生劇場。客席内の壁面と天井に貼られているのは、見る角度によって色が変わる美しいガラスタイルのモザイク、そして色付きの石膏に重ねられた二万枚ものアコヤ貝。深い海底を思わせる内装はまるで海底神殿に来たかのごとく、他の劇場にはない独特の幻想的な雰囲気を創出しています。建築家・村野藤吾氏の代表作の一つとして、そして昭和時代を代表する建築物として、今も高い評価を得ています。

数度の改修工事を経ている日生劇場ですが、イスは部材の丁寧なメンテナンスを経ながら、開館当時と変わらぬデザインが継承されてきました。2015年12月から2016年5月に及んだリニューアルでも、目に映る印象はそのままに、劇場空間のホスピタリティを高めることが課題となりました。

イスの内部に組み込まれている成形合板芯や、背もたれの裏側下部のFRP成形品は再利用し、背と座のクッションとなるウレタンを入れ替え。新しいウレタンでふくらむクッションを包み込むのは、これまでと全く同じ素材・製造工程で製作した、肌触りが柔らかなサーモンピンクのウールヴィンテージです。肘当の木部は丁寧に傷を補修し、再塗装。脚部もクリーニングを行って、開館当時と変わらぬデザインのまま、ピカピカの新しいイスに仕上げました。

1階席の一部は、車イスの来場者が客席のイスへ移乗しやすいよう、通路側の肘を跳ね上げる機構を新たに導入しました。イス自体のデザインを変えることなく、新たに実現したバリアフリーです。繊細に創り上げられた劇場空間にふさわしい細やかなリニューアルを経て、また新たな歴史を刻み始めています。

※この記事は、過去に掲載した納入事例記事をテーマごとにご紹介しています。

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