楽屋を訪ねてvol.04札幌文化芸術劇場 hitaru 伊藤久幸(舞台技術部長)

2018.10.24
インタビュー

2018年10月開館「札幌文化芸術劇場 hitaru」の立ち上げから携わっている公益財団法人札幌市芸術文化財団の舞台技術部長の伊藤久幸氏に、施設に集まる期待やミッションについて伺いました。札幌文化芸術劇場 hitaruは2,300席の劇場と最大400人が収容可能な可動式客席を持つクリエイティブスタジオを備えており、札幌市における多様な文化芸術活動の新しい拠点として、市内や道内のみならず、全国からも大きな注目を集めています。

今回は、施設の立ち上げから携わっている、公益財団法人札幌市芸術文化財団の舞台技術部長の伊藤久幸氏に、「札幌文化芸術劇場 hitaru」へ集まる期待や、施設のミッションについて、お話を伺いました。

劇場・ホールで活動するアーティストや団体を訪ねて、客席のイスをはじめとした劇場についてインタビューを行う『楽屋を訪ねて』の第4弾です。

公益財団法人札幌市芸術文化財団 市民交流プラザ事業部
舞台技術部長 伊藤久幸氏

1978年、株式会社歌舞伎座内長谷川大道具に入社。退社以降はフリーの舞台監督として活動する。主な活動作品として、セゾン劇場のピーターブルック演出「カルメンの悲劇」「マハバーラタ」「桜の園」「テンペスト」、仲代達矢主宰の無名塾公演「令嬢ジュリー」「リチャード三世」「ハロルドとモード」、幕張メッセ及び宮崎シーガイアの「オープニングセレモニー」などを担当。1994年(財)新国立劇場運営財団に入社以降は、新国立劇場の技術部にて活動する。2007年より2016年1月まで同劇場の技術部長を務める。2016年2月からは、札幌文化芸術劇場の立ち上げに尽力。2016年4月より、同劇場にて舞台技術部長を務める。

まず、「札幌文化芸術劇場 hitaru」が誕生した背景について教えてください。

「札幌文化芸術劇場 hitaru」の劇場は、老築化で2018年9月に閉館する「ニトリ文化ホール」の後継施設という立ち位置です。札幌市では、都心整備の計画「創造都市さっぽろ」がスタートした時、札幌市の大規模ホールの一つとして、ニトリ文化ホールが市の文化活動に欠かせない施設であると考えていました。ですから、その規模を引き継ぐという意味を込めて、劇場の客席数も2,302席と同規模です。しかし、施設としての設えはニトリ文化ホールと異なっており、そこには、これまでとは違う演目や作品を公演していきたいという、もう一つの意味も込められています。

こけら落としの演目は、オペラの中でも誰もが知る名作『アイーダ』。北海道では初めての多面舞台を備えたホールで、これまでになく本格的なオペラ公演が行われるとあって、注目度も高いですね。チケットも早々に完売しました。

オーケストラピットの深さや機構がニトリ文化ホールとは違うので、これまで遠のいていた演目、例えば『アイーダ』のようなオペラといった演目が、札幌文化芸術劇場 hitaruでは見やすく、やりやすくなります。

私が札幌に来て2年半程経ちますが、札幌は舞台芸術に対する関心が深い街だと感じています。例えば、札幌には100~200席くらいの小劇場を使う劇団・団体が100ほどあると言われており、全国的な規模から見ても北海道の演劇熱は高い。今回も、貸館希望者を対象にした内覧会をオープン前に行ったところ、多くの方が参加くださいました。ですので『アイーダ』のチケットが完売になったのは、この劇場で『アイーダ』を上演しても何不自由ないことが、内覧会などを通して既に市民へ浸透しているからだと考えています。新しい劇場ができても、「あそこじゃオペラはだめだよね」ってみんなが思っていたら、きっとチケットは売れにくいでしょう。

これまでニトリ文化ホールで公演していたラインナップに加えて、『アイーダ』のような本格的なオペラなどにチャレンジできる、つまり進化した施設ということでしょうか。

実は、それが難しいところなんです。例えば、ある料理があったとして、その料理をどのようなお皿に盛りつけるかによって、食べる時の気分は全然違うものになりますよね。ある料理を盛り付けて綺麗に見える器は、他の料理には向いていないかもしれない。私はね、全ての料理に合うようなお皿は、きっと存在しないと考えているんです。これは、全ての料理をつくるために適した鍋がないのと一緒。

劇場も同じです。つまり、ニトリ文化ホールで公演していた方々が、新しいこの劇場で同じ公演を同じようできるかというと、きっと違うと思うんです。何かに適しているということは、その裏がある。適さないとまでは言いません。確かに、客席は新しく快適だし、オーケストラピットや舞台機構も、オペラやバレエを充分な体制で迎えることができるつくりなので、そういった面では進化と言えるかもしれません。でも、これまでと同じことができるかということと、これまでできなかった公演ができること、それはまた別の話だと考えています。新しい劇場が古いホールと移り変わった時に、どのようなご評価を受けるのか。今後が楽しみでもあり、私たちの課題であるとも感じています。

札幌市芸術文化財団が管理・運営するホールとしては、「札幌市教育文化会館」、「札幌コンサートホールKitara」に次ぐ新たなホールの誕生ですね。この二つの施設で行われている公演とは、どのような違いを出していくのでしょうか。

まず札幌市教育文化会館については、大ホールが1,100席と、キャパシティが2倍以上違います。1,000席の規模に適した演劇や発表会などは、私たちの劇場では器が大きすぎるかもしれません。また、札幌市教育文化会館で行われている伝統芸能の公演も、私たちの劇場は洋風の設計なので、上演が難しい部分もあると思います。ですので、札幌市教育文化会館だからできることと、札幌文化芸術劇場 hitaruだからできること、ここには明確な差が打ち出せますね。

札幌コンサートホールKitaraは 2,008席。私たちの劇場と規模感が近いですね。ではこの二つのホールの違いは何か。それは「音の楽しみ方」だと私は思ってます。

札幌コンサートホールKitaraでは、目をつむっていてもコンサートを堪能することができる。私たちの劇場の音が劣っているという意味ではありません。ここでは、プロジェクターや照明や色々な効果を音と組み合わせて、ビジュアル的な要素を一緒に楽しませることができるんです。オペラやバレエ、ミュージカルなどに向いています。

この劇場にも音響反射板があるので、もし札幌コンサートホールKitaraがなければ、音楽が得意なホールだと謳っても良かったかもしれません。私たちは、付加価値でどれだけ別の要素が出せるかが勝負です。札幌コンサートホールKitaraにできないところを、新しい劇場で拾っていきたいと考えています。

舞台技術部長として、どのような劇場を目指したいとお考えですか。

私は昔、新国立劇場で働いていました。その時はナショナルな施設として、常にナンバーワンを目指すことが使命だったんです。こちらとこちら、どちらがいいかという時には、どちらの性能がより良いのかを常に考えなければならない。全国の文化施設にとって、フラッグシップである役目がありました。

でもこの施設のミッションは、ちょっと違います。国ではなく、北海道という地域の劇場のフラッグシップになることです。そのためには、札幌市はもちろん、北海道のどの地域でも使やすいシステムを、いち早く導入することが必要です。最新・最先端を追いかけたい気持ちもありますが、追いかけるべきではない。それよりも、コストと使いやすさのバランスを考えていかないといけません。「東京の一流の劇場でいいものをみたけど、きっとあれは地方じゃ使えないよね」となりそうなものが、この劇場にあって「使いやすいよ」と言えるといいですよね。

例えば、新国立劇場には舞台技術者もたくさんいますが、地域のホールはそうはいかないので、本来ならば大人数が必要なことが少人数で済ませられるような機械とかね。この劇場がまず先行して採用し、他地域の人が見に来るような形が理想です。見本市みたいな役割が果たせたらいいんじゃないかと思っています。

道内をリーディングする劇場として、地域住民との繋がりも重要ですね。

地元の芸術団体と一緒に、既に公演の準備を始めています。今年の11月には『カルミナ・ブラーナ』という演目を地元のバレエ団と一緒をつくります。私たちのような劇場付きのスタッフが、舞台監督や技術監督を担当するんです。来年には、オペラ団体と一緒に『椿姫』も上演します。このように年間通して5本ほど、主催事業として地元の芸術団体とタッグを組む公演を行う予定です。クリエイティブスタジオでは、演劇公演も計画しています。

私は、劇場と地域との繋がりというのは、いくつかのカテゴリーに分けられると考えています。一番多いのは、公演を行う団体を外部から呼んで、住民に観てもらうことで繋がりを持つパターン。もうひとつは、公演を住民と一緒につくって発信するパターン。私たちの劇場では、「呼んで観てもらうこと」、「つくって発信すること」の両方をやらなければならないと思っています。地方の街の規模によっては、つくることは難しいので良いものを呼ぶことに徹する場合もありますが、札幌のような大きい都市としては、それだけではいけないと思っています。

劇場の在り方は、それぞれ違っていていい。でも公共施設である以上、劇場がそこにある意味を地域へ還元することは、とても重要な使命です。

公演を観に来る地域の方々にとって重要となる客席のイス、どのようなことが大切だとお考えですか。

運営する立場としては、「座り心地」というものを、どう考えるかが重要だと思っています。あまりにもイスの居心地が良いと、公演を観るというよりも、スヤスヤ……という気分になりますね。それは困ります。しかし大劇場の公演は、上演時間も3~4時間と長丁場なので、ある程度、スヤスヤ感がないと過ごせません。しかし、そのボリュームは、クリエイティブスタジオではとれない。これは仕方がないことなんです。

この割り切り方を、メーカーから積極的に提示して欲しいなと考えています。あまり客席に詳しくない方からすると、座り心地が良くて広い方がいいと思いがち。でも例えば、この劇場にあるのと同じイスを、100席以下の小劇場に置くと考えた時、どうでしょう。そのジャッジはとても難しい、でも必要。そこの劇場の個性に沿った提案をどれだけしていただけるかが、客席づくりの肝になるのでしょう。

クリエイティブスタジオは、ホールというより「練習室の延長として公演ができる場所」として設けたスペースなので、ラフに座れることを大切にしました。
肘掛の有り無しも悩みました、肘掛があるといさかいの原因にもなるので。小さい劇場の客席が豪華で華やかになると空席も目立つので、空間に溶け込むような落ち着いた色を選んでいます。

劇場は、札幌文化芸術劇場 hitaruだけの特注のイスです。大きさ、背もたれの角度、配置、かなり細かく検証しました。時間をかければいいというものでもないですが、考え抜いた分、思い入れは強いです。市のスタッフも、こんな風に検討を重ねたから絶対座りやすいよと、彼らが彼らの口で広めています。身内が悪口を言うのと、好きだ愛してるって言うのと、全く違いますからね。そこにいた人に、いかに決められるチャンスがあったのか。そういう意味では、凄くあったと思いますよ。働く人が誇りを持てる施設というのは、特別です。

開館前から大きな注目を集めている、大きな理由の一つかもしれませんね。
札幌市の新たな劇場のスタートが楽しみです。ありがとうございました。

取材日:2018年7月
取材:広報企画部 M.M

一覧へ戻る