トークイベント『好きな劇場 ニガテな劇場』~観客目線とプロ視点で“劇場”を語る~ を開催しました!後編

2018.08.23
レポート

『好きな劇場 ニガテな劇場』~観客目線とプロ視点で“劇場”を語る~ の後編レポート。「プロ視点で劇場と椅子の秘密を紐解く」と題した第二部で劇場イスの設計者がたっぷりと語りました。劇場のイスの歴史と遷移、その構造と座り心地の進化、ステージがよく見える配置方法など。劇場空間を楽しむトリビアをトークしました。

トークイベント『好きな劇場 ニガテな劇場』~観客目線とプロ視点で”劇場”を語る~を開催しました!

第二部では「プロ視点で劇場と椅子の秘密を紐解く」!

「観客目線で劇場を語る」をテーマにした第一部では、「舞台の観やすさ」「居住性」「ロビーやホワイエの雰囲気」「劇場スタッフのホスピタリティ」「劇場までの交通アクセス」「劇場内の動線」など、「演目」の良し悪しで語られることが多い劇場を異なる切り口から考察しながらトークが進みました。

第二部で登場するのは、コトブキシーティングの社員です。劇場・コンサートホールのイスを製作する部署に務める町田浩行(写真左)と、広報企画部でパンフレットやカタログなどの企画・製作を行う高井真(写真右)の二名が、普段はなかなか一般の方にお話する機会のない、劇場のイスの歴史や構造の秘密を解説しました。

劇場のイスの歴史と遷移

町田
まずは、劇場のイスがどんな風に進化してきたのか、振り返ってみます。これは1927年、コトブキシーティングが劇場のイスをつくりはじめた初期のイスです。座るところ、「座」の部分が跳ね上がるようになっています。これまでは「イス」というと座と背がそれぞれ固定されて動かないものが主流でした。
この写真のイスは、昔の早稲田大学大隈講堂に納まっていました。座の裏側に線のようなものがありますが、これは学生さんが帽子をかけるところなんです。
町田
続いて戦後のイス。このくらいの時代って、座のクッションがちょっと面白い構造なんです。実際に何年か前に修理したことがあるんですけど、張地をはがすと、詰め物としてウレタンフォームやラバーフォームが入っています。そしてその下には、渦巻の形をしたコイルスプリングがあります。ちなみに、この頃よりもう少し古い時代のイスは、ウレタンフォームやラバーフォームの代わりに、藁とかヤシの実の繊維、馬の毛などが使われていました。
高井
古いイスにしては、スプリングはしっかりしてそうに見えます。バネの力は今も強いんでしょうか?
町田
バネはけっこう潰れないんですよ。バネを押さえている紐や詰め物が劣化することで、バネの反力を押さえられなくなり、クッション全体が膨らんできたりしちゃって、座り心地も衰えていきます。
高井
座り心地と言えば、1990年代に開発したイスに初めて座った時のこと、町田さんはなんて言ってましたっけ。
町田
「異次元の座り心地」です。
高井
そうでした。90年代に開発したイスは、それだけ画期的だったということですよね。
町田
その「異次元の座り心地」のイスをつくった今だから言えることですが、それまでのコトブキの劇場イスって、なんというか、ちょっとダメなところもあったんです。
上村
え! 設計している人がそんなこと言っちゃっていいんですか?
町田
当時の技術力の限界と言うか、どうしても座っているとお尻が痛くなったりね。でもこの製品を開発してから、そういったことがほぼなくなったと言ってもいいんじゃないかと思っています。初めて座った時は、本当に感動しました。
高井
ではここからは、当時の町田さんが「異次元の座り心地」と感じた劇場イスの構造について、語っていきましょう。

劇場のイスの構造と座り心地

高井
座る時の姿勢もいろいろあるので、「どんなシチュエーションでも、このイスがベスト!」ということはありません。例えば、授業のような「しっかり聞く・書く」がメインの時、軽作業の時、しっかり休む時など、それぞれに適した姿勢と、その姿勢をサポートするイスの構造が存在します。
同じように、演劇・ホールのイスと、コンサートホールのイスも微妙に異なります。演劇ホ-ル用のイスは、視線確保を考慮し、若干背もたれを起立させていますし、コンサートホールのイスを設計する場合は、ゆったりと鑑賞できるよう、演劇よりもやや背もたれを寝かせた角度のイスが選ばれることが多いです。
このような各シチュエーションに適した姿勢やイスの角度は、人間工学に基づいて研究され、発表されています。本屋さんに行くと書籍もいろいろあるので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
町田
私たちは、人間工学に基づいて設計した後に、油土を使って微妙な形状を調整し、最終的な形状に作り上げました。
背骨のラインに沿って設計した三次元カ-ブの立体的なクッション形状が背中にフィットし、疲労感を軽減します。このようにしてつくったイスが、先程お話した「異次元の座り心地」に繋がっているのです。
高井
角度だけでなく、座の構造も特殊なんですよね。
町田
はい、体重のほとんどは座のクッションにかかるので、この構造はとても大切です。
最初の表面が張地、次がモールドウレタン。これは自動車のイスにも使われています。モールドウレタンの底には補強ネットを入れて少し硬くします。その下に音が出ないようにフェルトを入れてます、もしゃもしゃした、お習字の下敷きみたいな素材で、補強も兼ねられるので便利ですね。そしてその下に、波形スプリングという衝撃を吸収するものを。そのスプリングの端末を、摩耗性と潤滑性が良いサイレンサーというプラスチックの部品で受けています。最後が鋼板プレスの座枠ですね。
波形スプリングは金属製のばねなので、押したら押した分だけ強い力で押し返してくるため、お尻を乗せると嫌な反発があるのですが、このように工夫して反発しすぎないクッションをつくりました。

劇場の客席紹介 ~ステージがよく見える千鳥配置~

上村
ここからは、実際に劇場の客席での工夫についてお話いただきます。まずは「千鳥配置」! 客席が千鳥配置かそうじゃないかで見やすさがぐっと変わることを実感いただいている方も多いと思います。
町田
1列ごとにイスを半分ズラす、これを千鳥配置または千鳥配列と呼んでいます。
イスが縦1列で真っ直ぐに並んでいる場合、前に座る人の頭越しにステージを見なければなりませんが、千鳥配置なら肩越しに舞台が見えるので、この配置を採用している劇場も多いです。
上村
ちなみに千鳥にするかしないかによって、席の数は変わるものなんでしょうか?
町田
千鳥の方が少なくなりますね。1列につき1席ずつ減っていきます。ですので、千鳥配置を採用するのは「売上を減らしてでも舞台をしっかりと見て欲しい」という、劇場の心意気みたいなものです。
高井
千鳥だけじゃなくて、「イス1席の間口を広くして快適に座って欲しい」という心意気もありますよね。イス1席が大きくなればなるほど、客席に配置できるイスの数も減っていきますから。
上村
劇場のホスピタリティですね。
町田
ちなみに見やすさを検討する時は、サイトラインと呼ばれる図を描きます。どの席から舞台が良く見えるかということを検証するんです。若い頃は本当にたくさん描きました。だから今でも劇場に行くと、どの席が1番よく見えるかすぐにわかっちゃいます。(笑)

サイトラインの一例

劇場の客席紹介 ~足元がスッキリが広々、通り抜けもしやすい~

高井
こちらは、座り心地を保ちながら、イスの形状を変えることで、お客さまのパーソナルスペースを増やしたイスです。この写真は、武蔵野市民会館ですね。背もたれの木の板の部分を真っ直ぐではなく、曲げることで、後ろの席に座った人の足元が広くなっています。
町田
肘当ての下の部分にも、アキをつくりました。これは、誰かが座席の前を通行する時に、着席している人がこのアキ部分に膝を入れることによって、また、イスの座の形も、膝の裏に当たる部分を薄くすることによって、着席者が足先を引きやすくしています。通行者も着席者も互いにストレスなく通り抜けられるような客席を目指しました。
高井
コトブキシーティングのショールームでは、こういった工夫のあるイスを、施設を検討する方に座り比べていただけるような環境を整えています。実際に、ここで座って「この形のイスにしたい!」とおっしゃってくださる施設の方も多いんですよ。

演目だけではない、好きな劇場 ニガテな劇場に大きく関わるモノは

このほかにも、「後列から見ても空間が華やかに見える客席づくり」「スタッキングチェアでも快適な客席とは」「小劇場の客席用のイスの開発について」などなど、さまざまなテーマを掲げ、イスメーカーならではの切り口でトークショーを展開し、第二部を終えました。

「今回のトークショーが、これから劇場へ行ったときに、“いま自分が座っているイスってどんなイスなんだろう?”と考えていただくキッカケになれば嬉しいです」と語ってくださった上村由紀子さん。第一部で繰り広げた、好きな劇場・ニガテな劇場を左右する「演目」以外のポイントも、客席のイス以外に様々な点が挙げられました。

あなたの「好きな劇場」を「好きな劇場」たらしめているものは、いったいなんでしょうか?

きっと、新たな「劇場の楽しみ方」が見つかります。

トークショーにお越しくださった皆様、ありがとうございました!

開催日:2018年5月26日

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