コトブキシーティング株式会社

ホール・劇場・学校・スタジアム・映画館など、公共施設のイスやカプセルベットの製造・販売

「音楽のまち・かわさき」で
ミューザ川崎シンフォニーホールが取り組むバリアフリー

インタビュー / 2017.9.4

世界的指揮者からも「世界最高のホールのひとつ」と賛じられる、ミューザ川崎シンフォニーホール。1度見れば忘れられない螺旋構造の印象的な客席空間には、約2,000席のイスが並びます。

開館から約13年が経ったいま、ミューザ川崎シンフォニホールは「バリアフリー」という現代社会の大きなテーマを掲げて、進化を遂げています。ミューザ川崎シンフォニホールのスタッフ3名に、客席のバリアフリー化の経緯について伺いました。

ミューザ川崎シンフォニーホール
(左から)事業部長 山崎信喜氏 / 経営管理課 三宅麻衣氏 / ステージマネージャー 田辺治郎氏

2004年7月に開館した、ミューザ川崎シンフォニーホール

――ミューザ川崎シンフォニーホールの開館は、2004年7月。ホールは、レストランやオフィスが並ぶ複合商業施設「ミューザ川崎」の一部として誕生したのですね。

山崎
はい。JR川崎駅西口の再開発が進み、ミューザ川崎を建設することになった時、多目的ホールを設ける話もあったそうです。しかし当時の市長の「この場所でしか味わえない空間をつくりたい」という思いを経て、クラシック音楽専用ホールに決まったと聞いています。そして、公害都市川崎とも揶揄されてきたイメージを、この施設をもって文化のまちに変えていきたいと決意して「音楽のまち、かわさき」のキャッチフレーズがつくられました。
もともと川崎市は、音楽と親和性のある街なんですよ。溝の口には洗足学園音楽大学、新百合ヶ丘には昭和音楽大学と音楽大学が二つもあり、それぞれが立派なホールを持っています。市内のアマチュアの交響楽団や合唱のグループもたくさんあります。音楽熱が非常に高い街だと自負しています。
三宅
ホールのスタッフも、音楽に縁がある方が多いですよね。
田辺
受付スタッフも、半分以上は音楽大学の出身なんじゃないかな。働く時でも音楽と一緒にいたい・音楽から離れられないって人が多くて、自然と集まってくるんだと思います。職員の中には、過去にホールで働いた方で、その後プロの奏者になった人もいますよ。音楽を創り上げる空間なので、好きな方が集まる場所であるのは、喜ばしいことだと思います。

開館13年を経て、バリアフリー化の必要性が高まった

――今年は開館13周年。客層について教えてください。

三宅
たぶん来てくださっているお客様は、オープンの頃とあまり変わらないですね。
田辺
そう。だからお客様の年齢層が、そのまま13年分上がった感じです。こうなってくると、バリアフリーからは程遠いうちのホールのつくりは、大きな課題です。小さなお子さまから高齢の方まで過ごしやすい空間づくり。いろいろと工夫が必要になります。
三宅
昨年から、バリアフリーについての研修会を行ったり、実際に車椅子で日常生活を送っている方にお越しいただいてバリアチェックをしたり、具体的な取り組みを始めました。
山崎
お恥ずかしながら、バリアチェックによって初めて分かったことも多かったんです。
三宅
例えば、ホール1階の冷水機。車椅子の方のために高さの低いものを設置していたのですが、すぐそばに壁や柱があって、車椅子のままではスペース的に利用できないことがわかって、向きを変えて設置し直しました。ほかにも、タイルとじゅうたんの間にあった段差をフラットにしたり、ドリンクコーナーには車椅子の方やお子様にも使っていただける低いテーブルを導入したり…。
山崎
オープンして最初の頃は、杖を持った人が少なくて、車椅子の人も少なくて、そういったバリアに対するクレームもなく気づけなかった。
田辺
それにもう少し前は、杖をついて外に出ようという方も少なかった気がします。車椅子だと外出も不便だからコンサートに行くのは気後れしちゃうとか。でも、社会が変わってきた。歳をとっても、若い頃から通っていたホールへ足を運ぶことが、生活の目標の一つになっている方もいらっしゃると思うんです。だから、不自由なことがあっても、ちょっと我慢すれば……、と口をつぐませてしまう環境はつくりたくない。

――お客様からの声は、どのように集めていらっしゃるのでしょうか。

三宅
サービスアップ委員会があります。ホールのレセプション担当はもちろん、事業・施設担当者や舞台のスタッフ、設備・警備・清掃など、全ての部署からお客様の声や気づきを吸い上げて、定期的に今後の対策について検討しています。
田辺
お客様の声が集まりやすい場所も違うし、場所によって違う声も集まるから、全部署から意見を募るようにしました。
山崎
うちのホールは、一目見てミューザ川崎シンフォニーホールだと分かる印象的な建築である反面、バリアフリーについての課題は多いです。初めていらっしゃったお客さまから、なんか船酔いする感じのホールだねって言われたこともあります。床に傾斜がついているし、視覚的にもあちこち斜めに見えるので、足を踏み出した瞬間の浮いた感じが、ちょっと不安という方も多いみたいです。
田辺
2004年にこけら落としコンサートでマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」を上演した時、合唱として本当に1,000人がステージに立ったんですけど、傾斜のある客席側にスタンバイした人たちからは「床が斜めだから真っ直ぐ立てない!」って言われちゃいました。何かで斜め分を埋め合わせなくちゃと慌てて分厚いゴムのシートみたいなものを買ったんですけど、「これを低い方の足の下に敷けばOKだ!」と思ったら、斜めになった床に敷いても結局斜めのままなんですよね(笑)

――確かにこの傾斜は、立って合唱する時はもちろん、客席を移動する時もちょっと大変かもしれないですね。

山崎
そうなんです。お客様の年齢層が高くなったせいか、つまづかれるお客様も多くて。斜めの床のせいか、通路から階段に変わる場所も分かりづらいので、黒いテープを貼って注意喚起を図るなど、いろいろ工夫をしてきました。が、やはり手摺が必要だという皆の意見が一致しました。

すみだトリフォニーホールの「手掛け棒」をきっかけに

すみだトリフォニーホール

田辺
最初は、普通の手摺を新設する予定で進めていました。開館当初から客席内に建築の一部として設置されているものと同じタイプのものを。でも、視覚的に問題があることと、工事のために長期休館を余儀なくされることが分かって、それはダメだと。
山崎
そんな時に、すみだトリフォニーホールに設置された手掛け棒がなかなか良いらしいとの噂を聞いたんです。
田辺
そこで、すみだトリフォニーホールに頼んで客席の写真を送って貰ったんですけど、最初は「なんだこれ、キノコ畑じゃないか!」って笑ってしまいました。でも担当者の話をよくよく聞いてみると、この手掛け棒を設置してから階段の転倒事故が起きてないと言うじゃないですか! 「このキノコが?」って半信半疑で。
三宅
それで、コトブキシーティングのショールームに伺うことにしたんですよね。

――皆さまにお越しただきました。ありがとうございます。

三宅
ショールームでは形状が違うタイプも見せていただきました。そして見学の後、すみだトリフォニーホールのコンサートに足を運びました。写真で見た時のような違和感もなく、客席に溶け込んでいましたよ。お客様が手掛け棒を使っている姿も実際に確認できて、やはりあのキノコの形の手掛け棒がいいだろうという方向で動き始めたんです。
山崎
でも、うちのホールに馴染むのか、景観だけはどうしても気がかりでした。360度見渡せるホールですから、「なんか変なのが生えているぞ」という風景になるのが不安で。
三宅
だから、公演がない時に、私と先輩でサンプルを作って置いてみたんですよ。新聞紙を丸めてイスと同じような茶色い紙で覆って、それを色々な角度から検証したんです。納得いくまで試して、良かったと思います。
田辺
実際の手掛け棒は全く違和感ないけど、今思えばあの時のサンプルはちょっと違和感があったかな。新聞紙が良くなかったのかもしれない(笑)
三宅
ひどい!(笑)

客席全体へ手掛け棒を設置

田辺
実は手掛け棒に決めた1番の理由は、長期の工事期間が不要であることでした。手掛け棒の数さえ揃えてしまえば、あとは留めるだけでしたよね。
三宅
すごく早くてびっくりしたんです。
田辺
丸1日くらいだったかな?
三宅
いえ、そんなにかかっていません。進捗の確認で客席を覗いたら、ほとんど終わっていてびっくりしました。
田辺
ホールは数ヶ月先までスケジュールが埋まっているため、なかなか休めないんです。公演がない日も何かしら予定入っていますし、メンテナンス日も連続して何日も確保しているわけじゃない。その限られた時間の中で1日あれば充分だなんて、最高だと思いますよ。本当に。
山崎
最初に設置したのは30本ぐらいだったかな。
三宅
そうですね。今は約110本設けていますが、最初はその3割ぐらいを設置して、様子を見ました。実際に使用してくださっていたお客様に話を伺っても、評判が良かったので安心しました。使い方について何の説明もしていないのですが、皆さん、ごく自然に手を掛けてらっしゃるので、良かったなと思っています。

手掛け棒の設置前

手掛け棒の設置後

田辺
予想していたより、ずっと目立たない。でも、誰もが自然に使える。
山崎
そして頑丈ですね。私たちは、階段の下りで足を踏み出すのが不安な時に便利だろうと考えていたのですが、予想外に、階段を上る時に使う方も多くいらっしゃいます。手掛け棒を支点に、自分の体を段上に引き上げるような動作です。体重をかけても大丈夫だという安心感がありますね。
三宅
お客様からも「こっちの場所にも設置して欲しい」なんてリクエストをいただくこともあるんですよ。

――ありがとうございます。コトブキシーティングとしても、こんなにたくさんの手掛け棒を設置したのは、ミューザ川崎シンフォニーホールが初めてです。

山崎
きっと客席のバリアフリー化を検討しているホールは、うち以外にも全国にたくさんあると思いますよ。
三宅
いまだに手掛け棒のことを「キノコ」なんて呼んじゃっていますけど、もっと広まって、こういった設備が当たり前の環境になると嬉しいですね。
田辺
導入を考えていらっしゃる他のホールにも、ぜひこの手掛け棒を勧めたい! ちょっと褒めすぎかな(笑)

ミューザ川崎シンフォニーホールのバリアフリー

――最後に、ミューザ川崎シンフォニーホールが考える「バリアフリー」について改めてお聞かせいただけますか。

山崎
オリンピックやパラリンピックを控えて、川崎市としてもバリアフリーを進めて、違いを認め合う、多様性を認め合う、そんな社会にしていこうという動きがあります。高齢社会への移行に適応していく上で、社会的な機運も高まっている今がチャンスだと感じています。
田辺
ただ「バリアフリー」と言葉にするのは簡単なんですけど、バリアになっているものが一体何なのかを発見することはとても難しい。普通に立って歩き回りながら、車椅子の方にとっての障害物が何なのかを探すのは、やはり限界があります。人間誰しも、自分の価値観が基準になっちゃうから。
三宅
自分たちに見えないバリアに、気づくことができるかどうか。これは全てのパブリックスペースに共通する課題かもしれないですね。私たちもサービスアップ委員会等を通して、お客様の声にひとつひとつ耳を傾けていきたいと思います。
山崎
お客様にも、何かお気づきのことがあれば気軽に声をかけていただきたいです。その一言が、安全で快適なホールへ生まれ変わる第一歩になるかもしれません。

――ありがとうございました。

取材日:2017年6月1日
取材・編集:広報企画部 M.N

関連事例

全て見る