渋谷の情報発信・活性化の拠点を担う、「渋谷ヒカリエ」の文化の中核として誕生した「東急シアターオーブ」。「日本一訪れたい街・渋谷」実現のための、文化の核となる東急シアターオーブは、ミュージカルや音楽劇の魅力を存分に味わえる劇場空間です。そんな東急シアターオーブの館長を務める、株式会社東急文化村の仁田雅士氏に、東急シアターオーブの目指す姿についてお話いただきました。
渋谷という街の文化を振り返ってみますと、終戦後にワシントン・ハイツができて米軍の占領軍とその家族が駐留していた影響を強く受けていると感じます。ここにアメリカ人が日常的にいることで、外国文化に触れるチャンスが他のエリアより断然多かったはずです。NHKの移転によって、コンテンツ事業が渋谷に集積され、パルコの進出によって、公園通りを中心に若者の文化や渋谷独特の文化が醸成されていくわけです。 そのような背景を持つ渋谷ですが、集客ができる街として本格的なスタートを切ったのは、Bunkamuraがオープンした 1989年からだと思います。街としての機能が充実していく過程には、そこに集まって来るお客様を惹き付ける仕掛けが必要になります。そのためにあるべきもののひとつが、文化施設です。施設が生まれることで、周りにもそれに関連する商業施設ができてきますし、当然そこで働く人たちも増えていきます。このような連鎖が、街としての可能性に繋がって行くのではないかと思うのです。開業当初のチケット購入履歴をみますと、東京近郊からだけでなく、なんと、2つの県をいた45都道府県からご来場がありました。当時はネットもなく、テレビで頻繁に宣伝するわけでもなかったにも関わらず、です。劇場やホールには、そこでしか体験できない感動がありますよね。 Bunkamura の開業以降、そんな感動を求めて渋谷にいらっしゃるお客様が増えたということを実感しています。
渋谷は若者の街というイメージがありますが、Bunkamuraは「大人が寛げる場所」ということも意識しました。クラシックコンサートをメインに、オペラ・バレエ・ポピュラーコンサートなど、様々なジャンルの作品を提供してきたオーチャードホールでは、柿落しに、門外不出と言われていた「バイロイト音楽祭」をドイツから招聘しました。とても大変な公演でしたが、そのステージを観て「自分たちもオーチャードホールでやりたい」という憧れを抱いて下さった方たちも、多くいらしたのでしょう。そのような方々の応援があって、Bunkamuraは20年以上続けてこられたのだと思っています。 昨年の夏にオープンした東急シアターオーブ(以下、シアターオーブ)は大型のミュージカル劇場です。渋谷駅直結という利便性も兼ね備えています。来場者には男性のお客様も多く見られますし、欧米系の外国の方もお越し下さいます。海外のカンパニーの招聘公演をラインナップしていることも影響しているのかもしれません。Bunkamuraは集客ができる街としての基盤を築きましたが、シアターオーブは「日本一訪れたい街・渋谷」のシンボルとして、海外から多くのお客様を集める原動力となることを目標に掲げています。そのためにはブロードウェイやウエストエンドといった本場のミュージカル作品を身近に観られるという環境を整える必要があります。 約2,000席というキャパシティながら、お客様にとって観やすい・聴きやすいという環境。演者にとっては演じやすいと言った環境を作ることに設計の重点をおき、議論を重ねた結果、舞台框から一階客席の最後部までが約29メートルというコンパクトなサイズにまとめられた客席空間、劇場の壁に凹凸をつけることで、アコースティックな音場のなかで、PAの音を豊かでクリアに響かせるという工夫、そして最近の多様な演出にも対応できるよう、柔軟性のある舞台機構と客席構造を持つことができました。お蔭さまで開業後一年を経過した今、お客様からも演ずる側からも、概ね好評を頂いております。
ご存じのように、ミュージカルというのはオペラと同様、音楽・台詞・ダンス・舞台装置・衣装・照明など、あらゆる舞台表現の要素が盛り込まれた舞台作品です。ストーリーも極めて解りやすいものが多いですから、これからの時代にマッチした大きな可能性を秘めていると思います。コンサートなどよりも、ご家族揃って楽しめるコンテンツと言えるかもしれません。 勿論、劇場を取り巻く環境の整備や雰囲気作りも、とても大切な要素だと思いますが、先程も申し上げたように、ニューヨークやロンドンに、実際に足を運ばなくても、身近に本場のミュージカルが、日常的に楽しめる。そんな劇場でありたいと思います。
昨年夏、東急グループが毎年実施している「東急ミュージカルプログラム」の一環として、東急線沿線に住む中高生とそのご家族を、900組・1,800人、ご招待する企画がありました。「ミリオンダラー・カルテット」というブロードウェイからの招聘ミュージカルで、エルビス・プレスリーやジョニー・キャッシュなど、1950年代から60年代にかけて活躍した、ロックンロール界の4人のスターが一夜限りのセッションを行う様子を描いた作品でした。親の年代よりもかなり上の世代が熱中した時代の人物たちが登場する物語ですから、今の中高生にはどう受け止めてくれるだろうかと内心ドキドキしていたのですが、カーテンコールでは全員が総立ちで手を叩いてくれていてそれを見たこちらのほうが感激したりして……。あの子どもたちが、何年か経って自分でチケットを購入するようになって、また劇場に戻ってきてくれたら良いなと思います。 こういったことが、実際の成果として現れるのはまだ10年ほど先のことですけれどね。文化や芸術というものは、そういった長い期間なしには、なかなか根付いていかないものだとも感じています。昨今の、子どものために組まれたプログラムを体験するだけではなく、大人と同じプログラムを体験できる場も必要だと感じています。子どもの感性は、私たち大人が感じているよりもはるかに優れていますし、未来に繋がる素晴らしい経験になると思います。 シアターオーブはミュージカル劇場として「本物」を提供し、ミュージカル人口の底辺の拡大にも努め、この劇場が渋谷という街を育てる一翼を担っているという意識を強く持って、日本一、東洋一の劇場を目指してまいります。
取材:2013年6月 このインタビューは、納入事例集「View No.06 (2013 SEP.)」に掲載されました。インタビュー時の仁田氏の役職は専務執行役員です。
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