コトブキシーティング株式会社

ホール・劇場・学校・スタジアム・映画館など、公共施設のイスやカプセルベットの製造・販売

受容性の高い温熱環境制御がもたらす意義と、これからの建築の可能性

インタビュー / 2013.1.30

環境選択次世代型空調システム一体講義机イス「MyAir S3 series」は、永年の心理学にも立脚した幅広い視点での研究を重ねてきた工学院大学野部達夫教授の研究室との共同開発によって生まれました。そのユニークな開発背景や、建築と空調の関係の可能性等についてお話しいただきました。

工学院大学建築学部 野部 達夫 教授

開発の背景 ― 受容性向上

空調計画に携わる我々が「環境選択権」の重要性を言い続けて10年程になりますが、やっと世の中に浸透してきたと思います。「環境選択権」とは、環境を自分で選ぶ権利を持つ事によって満足度が上がるというものです。同一の物理環境であっても、自分の意思で獲得した環境と、他者から一方的に与えられた環境では、問題なく受け入れる度合い・受け止め方、つまり「受容(アクセプタビリティー)」が違います。自分の意思で獲得した物理環境では圧倒的に不満が少ない。環境選択権の有無によってこのような「不満」の差異が生じるのです。
人には、体内で食物を酸化して生み出す熱と、体表面から周りに損失する熱が等しければ快適だとする熱平衡モデルに対して、自己効力感などの心理的・生理的な要因、その他様々な影響因子を配慮した快適感を示す「アダプティブモデル」があります。それをもう一歩進めた「心理的なアダプティブモデル」について研究してきた中で気付いた要素が「環境選択権」と「自己効力感」です。環境を選択できるから自分で工夫して気付き触発され、自己効力感が得られ、そして自己肯定感が生まれる。空調で言えば、自分の意思で冷やしたり暖かくした結果だから受け入れられるわけです。大きなディシジョンに対しては自己弁護、自己肯定から入る。この一連の行為はそういう意味で小さな自己肯定感です。そして、自己肯定感、自己効力感の大前提は自己責任です。自分で起こした行動に対しては基本的には「自己責任」を取るという倫理性やクオリティーがあれば、これらが発揮されます。

開発の背景 ― クリアゾーン

一方で、空間に目を向けると、教室のように部屋いっぱいに人間が居る高密度な空間では、天井でも床でも、点もしくは線から空調を吹くと、どうしても気流の強い所と弱い所ができます。高密度なところではドラフト(不快な気流)を感じないように設計する事は難しいのです。元々、床吹出しの空調は、ドイツで開発され、占有空間が20㎡/人以上のオフィスで使われていました。日本では現在、5㎡/人程度ですから、床吹出しは必ず誰かに気流が当たってしまいます。廊下や通路に設置して踏んで歩くわけにもいかない。吹出し口と人との距離を「クリアゾーン」と言いますが、この「クリアゾーン」をドイツでは確保できても、日本の、ましてや教室の場合はそれが確保できず調整が非常に難しいのです。



開発コンセプト

このような背景から、今回、学校等の教室を対象とした新たな空調システムの研究開発を行うに当たって、人が直接触れ個人レベルでの調整や背中の生理的機能を活かせる可能性を考えられるイスに着目し、経済性や省エネはもとより、中心コンセプトとして、「アクセプタブルな環境の実現」に取り組みました。そして、その意義を反映させた形がこのイスです。
構造は、イス脚部をダクトとし、背板に吹出し口を設けています。より身体に近い位置から給気を行う事で、居住域の空気質の向上や、より効率的な運用の実現を目的としました。そして、室内の空気を一次誘引、二次誘引と二段階の誘引を行い、室温と給気温度差を緩和させる仕組みになっています。誘引口は、異物排出口も兼ね、万が一異物が入った場合でも床上へそのまま落下するよう配慮しています。気流の設計には苦労しましたが、結果として3つの大きな成果が得られたと思います。

ハイクオリティーな居住域空間

1つ目として、風量そのものを各自でコントロールはできませんが、高密度な教室空間で個別に居住域を空調できるという点で、天井や床下吹出しの空調より、さらにパーソナライズな、空調環境に一歩近づいたと思います。空気を天井から吹き出す場合は、ハイクオリティーな環境にするために、全体を包み込んでどこかで排気するという「エアーモーションの設計」が一番大事なのですが、このイスの場合は、特別に何もしないでもハイクオリティーな環境ができてしまいます。しかも居住域だけをです。イスの背板から気流がふわーっと出て後ろの人の頭上からやわらかく降り注ぐように、吹出し口から約75cm上で風速が「0」になるように設定し、まさに人のいるエリアだけをやさしく空調しています。

環境選択権の付与

2つ目は、アクセプタブルな環境作りに重要な「環境選択権」を付与できた事です。着座時の姿勢を少し変化させることによって温熱環境を選択できるようにしたのです。座って後傾姿勢になると気流が身体を沿うように上がっていき、前傾姿勢になると気流が身体から離れ、後方には上がっていきます。つまり、冷房であれば、自分が“暑い”と思った時には後傾になって気流の冷たさに触れられ、涼しい時は前傾になり冷たさや気流自体を回避できます。さらに、給気経路がイス内部にあるため、例えば冷房時はイスの背板自体が冷やされ、人体最大の放熱器官である背中の冷却効果も期待できます。姿勢によって変化する気流を作り出すために相当な試行錯誤を重ね、たどりついた形ですが、少しの差でも自分で調整できる部分がある事が大事です。教室レベルであれば背中のポジションで調整できるだけでも、十分だろうと思います。そして、それを説明せずに発見してもらう事に意味があります。このイスは単なるプロダクトを超えてストーリーがあると思っています。

安心で確実なデバイスとして

3つ目に、これは今回、実測で判明したポイントなのですが、チューニングをしなくてもある程度の性能が確保できる点です。通常、床吹き出しは、完成後一年くらいかけて寒い所を絞る、場合によっては付け替えるなどの調整を行いますが、このイスでは一切不要で、運用後に調整が不要な、安心できるデバイスだと言えます。空調設計をする方や運用者の方にとって吹出し口の調整に手間と時間がかからないというのは大きなメリットではないでしょうか。そして何よりも、吹出し口とイスとがセットで動き、人のいる所から常に一定距離で空気を吹出すため、施工時の穴の位置調整にシビアにならなくてよいのです。このイスは、元々のイスとしての座り心地はもちろん、空調まで含めたところで、若しくは空調デバイスとしても十分に機能を発揮するプロダクトになったのではないかと思います。
実際に使用し始めて、周囲の評価はきわめて好評です。床吹出しとイスの背から吹出した場合の比較ができるように、同じ配置の教室に同タイプのイスを設置したので、計測でもその差がはっきりしてきました。空調システム一体型のイスは単独でも使えますので、教室以外の場所への利用の可能性も広がるのではないでしょうか。

「快適」と「快感」

昨今、「快適」という口当たりのいい言葉がよく聞かれますが、これはともすると案外プライオリティが低いかもしれません。目的を妨げない環境であれば特に問題は顕在化しません。例えば、話を聞く為の最適な温度、というのはありません。何度から何度ならおおむね大丈夫、という船底型の設計値があるだけです。という事は、実は「快適」に対して、人はかなり許容範囲が大きいという事ですね。工学的にはピンポイントの設定の方がシステムを作りやすいですが、エアコンのコントローラーの使われ方を見ていますと、一度に5℃の上げ下げを10数回/日行なったりしているくらいですから、一律の環境を与えれば良いのではないと思います。例えば、露天風呂は出たり入ったりが自由だから「快適」であり、体が冷えていてお湯に入った時のそのねじれた環境にすごく「快感」を感じる。これは「コンフォート」ではなくて「プレザント」です。広義の意味では「快適」は「快感」も入りますが、おそらく目的の為に意識しないのが「快適」。快適と誤解されている「快感」が欲しい場合、自分で窓を開けるなどのもっと強いインパクトが必要で、それは冒頭の話のように、自己責任でやるというのが前提なのですね。

研究・開発に大切な感覚

今回、学生にとっては、ものづくりにおいて設計の与条件を見出す事が大変だとわかったと思います。学生にも話していますが、目標設定をする事が肝要です。同時多発的に多くの問題点を見つけて、それに対していつまでに答えを出すという組み立てができるかどうかです。
そして、これからは、20世紀の延長上のものづくりではなく、やはり人間の五感、六感を使わないと無理ではないでしょうか。むしろそこは人がやるべき仕事ですね。帰納法で作る感覚です。必要に応じて演繹解を必要としますが、数値で出されても感覚的にもスッと納得できる事が、結局必要になります。その点では、今回の計測で使った「サーマルマネキン」は非常に有効な装置ですね。人体を模したマネキンの部位毎に表面温度を計測表示し、私たちの検証の助けになります。
ものをどう作っていくのか、人が主体でどう判断するかが重要です。「アクセプタブルな環境」は、そこから考えてきた解の一つでもあります。

今後の展開

温熱環境を能動的に選択・調整する技術として、今後様々な展開が予想されるパーソナルな空調において、ユーザー側の自律と自己責任が求められます。そのような風土が醸成されなければ、今後の建築やものづくりは過保護でナイーブなものになってしまいます。我々は古くから快適な環境を実現するため、十二単や寝殿造のように、衣服や建築のレイヤーの重ね方を工夫して四季の変化に対応し、その機能と美学は文化にまで昇華し融合してきました。本来、人間の能力はすごいとも思っています。一人ひとりの行動に自由度を認める前提で考えると、建築はまだまだ変わると思いますし、行動に責任を持つということがもう少し浸透すれば、今回開発したようなプロダクトはもっとうまく使われるだろうと感じます。

取材:2012年11月